投稿者:河内平野  投稿日:2014年10月18日(土)08時59分24秒
『法華伝記』という唐の時代の記録では、この説話を大要、次のように伝えている。
(同伝記は、三階禅師の弟子と在家の女性との対決としており、「撰時抄」では、この記述を要約して述べられたと拝察される《大正五十一巻参照》)。

この三階禅師一派のある僧侶は、愚かな俗人をつかまえては、
「法華経なんか読んでいては地獄に堕ちますよ。すぐに懺悔すべきです」と言って、自分たちの一派に勧誘していた。

――何の悪いこともしていない人に「懺悔せよ!」「謝れ!」と連発して、自分たちのほうに連れていこうとする。
これが、正法破壊の一つの図式なのである。

この時、一人の優婆夷(在家の女性信徒)が立ち上がった。
彼女はみずから法華経を持ち、そして一生懸命に弘法に励み、友人や知人にも法華経を持たせていた。

ところが禅師一派の悪侶は、こうして彼女がせっかく苦労して育ててきた人たちに対しても「地獄に堕ちる」などと脅し、自分たちの支配下に誘いこんだ。

けなげに弘法に励んできたこの《女性リーダー》は、大切な正法の同志を泥棒のように奪い取ろうとする悪侶に、決然と挑む。
一万人もの敵陣の真っただ中で、声高らかに叫んだ。

「もし、私が法華経を持つことが仏意に適っていないならば、皆の前で阿鼻地獄に堕としてみせよ。
しかし、もし私が法華経を持つことが仏意に適っているならば、私たちを脅しているあなた方のほうこそ、裁かれるべきである」

《私たちは正しい信仰を貫いている! 人を救うべき僧が、地獄に堕ちると脅すとは断じて許せない! そんな恫喝なんかに怯えるものか》と。

また《大事なことは、仏意に適っているか、いないかの一点である。
私たちには、その絶対の確信がある! 地獄に堕ちるというのなら、それはあなたたちではないか!》と。

――「正義の怒り」に燃える女性の声は、まことに強い。
それは、やむにやまれず心の奥から放った「魂の自由」の叫びであった。
言うべきことも言えない。言いたいことも言えない。これこそ地獄である。
正義の主張を、語って語って語りぬいていく。
そこにこそ、わが「生命の勝利」が晴ればれと輝く。

そして、この恐れを知らぬ女性リーダーの「声」が、力強く轟きわたると、それまで偉そうに己義(自分勝手な教え)を説いていた禅師は、魂を抜かれたように声を失い、急にしゃべれなくなってしまった。

なみいる老僧たちも、皆、まったく言葉が出なくなった。
この女性の、歴然とした信心の勝利によって、悪侶にたぶらかされてきた者たちにも、ようやく目を覚ますきっかけがあたえられたのである。

とともに、禅師の一派は、一人の女性の勇気の「声」によって、化けの皮がはがされてしまった。
信徒や弟子たちを貪欲に《食い物》にする、「大蛇」のごとき本性が、あからさまになってしまった。
哀れなのは、蛇に飲み込まれるように、悪侶によって底知れぬ苦しみの淵に引きずりこまれた信徒や弟子たちであろう。

【第四十八回本部幹部会、品川・目黒区文化音楽祭 平成三年十一月二十三日(全集七十九巻)】