戦いの方程式①

投稿者:河内平野  投稿日:2014年10月 2日(木)17時40分51秒    通報
仏典に、「ライオンの毛皮」という物語(獅子皮本生物語)がある。
――あるところに、立派な麦畑があった。
農夫たちが一生懸命に耕し、育てた麦畑である。
ある年のこと、その麦畑に、なんとライオン(獅子)が現れた。
そして、大切な麦を次から次へと食い荒らしていった。

「なんとしても追い払わねば」――畑の番人はあわてた。
しかし、相手がライオンではとても近づくことはできない。
ライオンはいたる所に出没しては、悠然と麦を食べていった。

「これ以上、畑をめちゃくちゃにされてはたまらない」
――とうとう我慢の限界を超えた村人は、ついに立ち上がった。
こぞって手に手に武器を持ち、ほら貝を吹き、太鼓を打ち鳴らしながら、畑へと押し寄せた。
そしてライオンめがけて大声で叫んだ。

満腹のうえに、「どうせ皆、恐れているんだ。向かってくるわけがない」と油断しきっていた《ライオン》は驚いた。
驚いたあまり、つい声が出た。「ヒヒン、ヒヒン」――とでも鳴いたのだろうか。
ともあれ、ライオンとは似ても似つかぬ声であった。
卑しい本性が声に出た。
黙っていればよかったのに、我を忘れて、ついつい卑しい声を張り上げてしまったばかりに、中身がわかってしまったのである。
まさに《自滅》《自爆》であった。

「おや、あれはロバの声だぞ」
「なんと、ライオンじゃない。ロバだ」
農夫たちは、勢いづいた。そして、たちまちロバに飛びかかり、さんざんに打ち倒してしまった。

――このロバは、一人の商人が商売で立ち寄る先々で、ロバの背から荷を降ろすと、ロバにライオンの毛皮をまとわせて畑に放っていたのだった。

商人がもどってきたとき、哀れなロバはもはや虫の息だった。
ロバは商人に笑われた。
「ライオンの毛皮をまとっていれば、いついつまでも緑の麦を食べることができたものを、ロバの一声発したばかりに、身を滅ぼしてしまったことよ」――と。

これは「本生経」に説かれる話である。
本当に仏典の知恵は深い。今を見とおしたかのような物語である。(「南伝大蔵経」第三十巻)。

【小田原記念音楽祭、佐賀県総会・合唱祭 平成三年十月十日(全集七十九巻)】