投稿者:大仏のグリグリのとこ 投稿日:2016年 7月15日(金)09時16分55秒   通報
大聖人は

「今の真言師、念仏者、禅宗、律宗の人々、またこれらの僧に帰依している
天皇ならびに将軍家、そして日本国の上下万人は法華経の強敵となったうえ、

さらに法華経の行者・日蓮の大怨敵となったのである。

だから、たとえ一切経を覚り、十方の諸仏に帰依し、国中に寺院を建立し、
一切衆生に慈悲を施したとしても、・・・・一切の大善根が変じて大悪となり、

七福が変じて七難が起こっているのである。

今、眼前に蒙古国からの責めが激しく、自身は兵士に破られて、妻子を敵に捕らわれ、
死後は無間地獄に堕ちて大苦悩を受けるのである(通解)」(御書一二九〇頁)と断言しました。

つまり、大聖人やその弟子を迫害すれば、提婆達多の犯した三逆罪よりもはるかに重く、

その加害者(諸宗の僧)は当然として、
その僧に従う天皇や将軍、また民衆はそのことを知ろうと知るまいと、

万人成仏を説く法華経の敵であり、大聖人の大怨敵になるということです。

そしてそうなったならば、どんなに立派な寺院を寄進しようとも、
一切衆生に慈悲を施そうとも、その〝大善〟の行為は、ことごとく

〝大悪〟へと変わり〝七福〟が〝七難〟となり、
大善に敵対すれば大悪となるのが道理なのだと訴えました。

大聖人は
「今、眼前に蒙古国からの責めが激しく、自身は兵士に破られて、
妻子を敵に捕らわれ、死後は無間地獄に堕ちて大苦悩を受けるのである」と

悪因悪果の恐ろしさを具体的事例を引いて強調しています。

大聖人は謗法の恐ろしさを語り、戒めることによって
正法を信ずることがいかに大切かを教えようとしたのではないでしょうか。

ここで「私たちに置き換えて・・・・」と書こうと思いましたが、あえて書かないことにします。

この部分は各人がそれぞれ自分自身でしっかり「私たちに置き換えて」考えてほしいのです。

先生の指導を忠実に実践しようとする同志をいじめ、ないがしろにし、迫害する罪の重さを、
またそれを指示し、指示通りに動く人間が受ける大苦悩の重さを、

そしてそれら権威権力を盲信している無知な同志が受ける苦悩を――。