投稿者:無冠 投稿日:2016年 7月20日(水)05時51分29秒 通報
全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。
2006.8.3 【創価教育代表者会議】
●大闘争の時代を勝ち抜け!
一、私は創立者として、全力で創大・学園の発展に取り組んでいる。
キャンパスの建物や設備についても、皆さんと協議し、さらに充実を期してまいりたい。
学生のため、生徒のために、最高の環境をつくりたい。応援できることは、何でもしたい ── これが私の思いである。
日本では予想を超える速さで少子化が進み、定員割れを起こす大学や学校が増えてきている。大学の合併や“倒産”が、現実のものとなっているのだ。
教育界は「大闘争の時代」に入ったといえる。
こうした厳しい状況のなかで、「何とかなるだろう」とか「うちは平気だ、心配ない」などと、呑気に構えるようなことがあってはならない。
打つべき手を、ただちに打つのだ。
驕(おご)りや油断があれば、簡単につぶれてしまう。敗北してしまう。それでは、あまりにも愚かだ。
教職員が団結し、智慧を出し合い、必死になって戦っていくしかない。
何よりも、今いる生徒たちを徹して大切にすることだ。
生徒の持つ才能を育て、開花させていく。何かで一番になるよう、光を当てていく。
そして、本当の人生の道を教えていく。ここに教員の使命がある。
戸田先生は語っておられた。
「生徒を良くするということは、先生の愛情の問題だ。生徒を、わが子以上に愛し、大事にしていくことだ」
生徒のことを真剣に祈り、生徒のために尽くしていく。これが根本である。格好ではない。本当の「心」があるかどうかだ。
「私の学校に来てくれてありがとう」と感謝し、親身に面倒を見ていく。「私が教えた生徒だ」と一生涯、その生徒を見守っていく。
これが真の教育者である。
そしてまた、生徒のご父母を大切にしていくことだ。「わが校にお子さんを送り出してくださって、ありがとうございます」と感謝していく。
直接、お会いして、「お子さんは、こんなふうに頑張っておられますよ」と報告し、安心していただく。
教職員が動き、語っていった分だけ、大学・学園は発展する。
動かなければ勝てない。これは万般に通じる鉄則である。
●師の名を後世(こうせい)に
一、牧口先生の『創価教育学体系』は、戸田先生の多大な尽力によって発刊された。
戸田先生は後に、このことを振り返られて、「陰の力であった自分のことは、誰一人ほめもしなかったが、私は一人、会心の笑みを浮かべていた」と述懐しておられた。
先生は、『創価教育学体系』の発刊によって、自分の名をあげようとか、ほめられようなどとは一切、考えられなかった。
牧口先生の名を後世に残したい。師匠の思想を世に送り出したい ── その思いで、陰の支えに徹したのである。
これが「弟子の道」である。
●学生が立った
一、1000年の歴史を誇る中国最古の学府・湖南(こなん)大学の王邦佐(おうほうさ)・政治公共管理学院院長は語っておられた。〈池田名誉会長は本年4月、同大学から名誉教授の称号を贈られている〉
「どんな組織も腐敗は内側から起こるものです。じつは湖南大学も過去に学生を愚弄し大学を撹乱(かくらん)する学長が君臨したことがありました。
そのときに学生たちが猛然と立ち上がり、学長を放逐(ほうちく)し創立の志を守り抜いたのです」(「パンプキン」7月号)
重大な歴史の教訓である。だからこそ「学生の声を聞く」ことが大事なのである。
また、フランスの文豪ロマン・ロランは綴っている。
「私たちはあまりにも多くの否認、あまりにも多くの道徳的および精神的な裏切りを経験いたしました。
それらを忘れることはゆるされません。(中略)昨日の変節漢はまた明日の変節漢でありましょう」(『日記V』道宗照夫訳、みすず書房。現代表記に改めた)
「試練のときにあたって裏切者であり背信者である自己の正体を暴露した人たちが、再び私たちの列中に滑りこんできて、彼らの偽善的友好によって私たちを荼毒(とどく=害し毒する)ことを、私たちは許してはなりません」(『日記?』村上光彦訳、同)
私利私欲のために、仲間を裏切る。そうした人間を絶対に許してはならない。悪人の本質を鋭く見抜き、それを責めなければ、善の連帯は破壊されてしまうからだ。
■ 生徒を手段にしたり、何かの道具と思うようなことがあれば、とんでもないことだ。未来の宝を教えることができて、本当にありがたい ── そう思って全力を尽くしていくべきである。
■ 生徒を心から励まし、「あの先生は素晴らしいな」と思われる存在になることだ。
また戸田先生は、「教員は、年齢にかかわらず、学生以上にはつらつと! 学生以上に謙虚に!」と指導しておられた。
教師のほうから、生き生きとあいさつし、どんどん声をかけていくことだ。
さらに戸田先生は、ある教員に対して「技術の受け売りではダメだ。人間対人間が大事だ」とも語っておられた。
いくら技術を誇っても、生徒が伸びなければ、教師の自己満足にすぎない。
大事なのは、生徒と心を通わせていくことだ。そこに教育の真髄がある。
■ 平和を愛し、人々を慈愛の光で包んでいく ── 女性には、そうした本然的(ほんねんてき)な力がある。
女性がもっともっと活躍するようになれば、世界は大きく変わっていくに違いない。
創価大学、女子短大、創価学園を卒業した多くの女性も、世界を舞台に活躍している。
「女性の時代」である。女性の力を生かし、伸ばしていく。そうした教育にも、いっそう力を注いでまいりたい(大拍手)。
■ 牧口先生とも親交のあった新渡戸稲造(にとべいなぞう)博士は、海外のある大碩学(だいせきがく)と語り合った際、その高い学識と謙虚な態度に、深い感銘を受ける。
そして日本の学問の世界を振り返って、「なぜ日本の学者の学問は、体の内部にしみ込まないで、鼻の先にぶら下げるのであろうか」と嘆いた(『偉人群像』実業之日本社。現代表記に改めた)。
現代にも通じる、鋭い指摘であると思う。そうした悪しき伝統を変革するのが、創価教育の使命である。
●正邪を見極める力を育てよ
一、近代教育学の父と言われ、牧口先生も敬愛していたコメニウスは、「人類の破滅を救うには青少年を正しく教育するより有効な道はほかにはない」と訴えた(鈴木秀勇訳『大教授学1』明治図書出版)。
また、「他人の道案内を買って出る者からして 他人を迷わせ その道を誤らせているのです。他人の光明でなくてはいけない者が かえっていちばん闇をひろげているのです」と、人間精神の荒廃に警鐘を鳴らした(同)。
どんな社会であれ、指導者層の堕落が「一凶」となる。その社会の「根本的な間違い」につながる。
ゆえに、正邪を見極める力を育てる教育が必要である。民衆奉仕の指導者を育成する教育が求められているのである。
●教育は子どもが根を張る「大地」
一、仏典には、“弟子は草木の如く、師匠は大地の如し”との原理が説かれている(「華果成就御書(けかじょうじゅごしょ)」)。
師匠という大地に、弟子は生き生きと根を張って、大きく育っていく。
創価教育の教職員の方々は、子どもたち、学生たちの「大地」になっていただきたい。
そして、色とりどりの花や果実を、見事に咲かせ、実らせていただきたいと念願し、私のスピーチとします。
くれぐれも体調に気をつけて。ありがとう!(大拍手)