2016年1月23日 投稿者:大仏のグリグリのとこ 投稿日:2016年 1月23日(土)09時01分8秒 通報 日興が後世のために、五老僧の誤りを破折し、 日興の正義を宣揚した「富士一跡門徒存知事」や「五人所破抄」の記述によって、 五老僧が師匠の正義を守る日興に対抗して邪義を立て、師匠の教えに背いていった様子が伺えます。 五老僧の邪義をまとめてみると、 ①日蓮の法門は天台宗であり、伝教大師の余流をくんで法華宗を弘めようとしたと主張。 ②伊勢神宮や伊豆山神社・箱根神社・熊野神社をはじめ所々の神社に参詣したこと。 ③法華経の書写行を行ったこと。 ④門下を比叡山で出家・受戒させたこと。 ⑤大聖人の仮名まじりの手紙を先師の恥じであるとして焼き捨てたりすき返したりしたこと。 ⑥本尊に釈迦如来を立てたこと。 ⑦日蓮図顕の御本尊を軽視して、仏像の後ろにかけたり、死人に覆って葬ったり、売却して失わせたこと。 ――などがあげられます。 しかもそうした謗法の行為を厳しく批判した日興を逆に激しく誹謗・中傷しているのです。 結局、五老僧は信心がなく、仏法の理解が浅く難を逃れて保身をはかり、 広宣流布を願わず正義の人に嫉妬して誹謗し、師匠の法門を破ったのです。 この邪義の特徴はそれ以降、仏法を破壊する現在の退転・反逆者たちにも共通している生命の傾向性といえます。 「外道・悪人は如来の正法を破りがたし。仏弟子等、必ず仏法を破るべし。師子身中の虫の師子を食等云云」(九五七頁)と 述べられた通りの現実があらわれてきたのです。 師匠が弟子に教えた通り、大聖人の入滅した直後から正法を破壊して、 広宣流布を妨げたのは、結局、大聖人の高僧の弟子である五老僧でした。 Tweet