投稿者:信濃町の人びと 投稿日:2015年12月10日(木)12時35分55秒   通報

小説 新・人間革命3巻 月氏の章より①

月氏(35)
 夜が明けた。
 東洋広布の歴史に、永遠の光を放つ、「埋納の日」の朝が訪れた。

 一九六一年(昭和三十六年)二月四日。
 午前七時、先発隊として関久男、森川一正、秋月英介、三川健司の四人が、チャーターした車で、ブッダガヤに出発した。車には、埋納品をはじめ、その他の器材が積み込まれていた。

 彼らの今日の最初の仕事は、まずガヤで、ブッダガヤの管理委員会の委員長を訪ね、埋納の許可をもらうことであった。

 道路は、舗装されていないところが多く、車は揺れに揺れたが、皆、一様に押し黙っていた。
 これまで、事前に埋納の許可を得ようと奔走してきたが、それは当日に持ち越されてしまった。もはや失敗は許されない。そう思うと、いやがうえにも、緊張が高まるのである。

 森川一正が不安な顔で、ポツリと漏らした。
 「もし、管理委員会の許可が取れなかったら、どこに埋めればいいんでしょうかね」
 誰もが同じことを考えていたようだ。
 年長の関久男が答えた。

 「ブッダガヤに埋納できなかったら、意義からいえば霊鷲山の辺りだろうな」

 そこで、秋月英介が提案した。
 「途中、霊鷲山の近くを通るはずだから、念のために、どこに埋めればよいかを考えておこうよ」
 パトナを発って三時間ほどしたころ、岩山が見えてきた。霊鷲山らしい。

 「秋月青年部長、だめです。ここには埋められませんよ」

 言ったのは、通訳の三川健司であった。
 「ほら、立札が立っているでしょう。″この辺り一帯は国宝地域なので、一木一草たりとも、取ったり、壊したりしてはならない。もし、これを破れば刑罰に処す″と書いてあるんですよ。こんなところに、勝手に埋めたら、大変なことになってしまいますよ」

 誰も返事はしなかった。重い沈黙が流れた。皆、追い詰められたような気持ちだった。是が非でも、管理委員会の許可をもらって、ブッダガヤに埋納する以外に道はないのだ。

 しかし、委員長が必ずしも、いるとは限らない。もし、旅行でもしていたら、何日も待たされることになる。また、委員長に会えたとしても、断られるかもしれないのだ。いずれにしても、すぐに許可がもらえなければ、いっさいの計画は狂ってしまうことになる。

月氏(36)

 正午前、車はガヤの町に着いた。デリーで聞いた住所を頼りに、ブッダガヤの管理委員会を探した。
 ほどなく、管理委員会の事務所は見つかった。白い平屋建ての建物だった。

 入り口にいた男性に、関久男が名刺を出し、三川健司が委員長に面会したい旨を英語で告げた。委員長は執務中らしい。
 案内されたのは、きれいに花が植えられた庭であった。そこに机とイスを出して執務している堂々たる体のインド人がいた。その人が管理委員会の委員長であった。

 委員長はにこやかに一行を迎えた。自己紹介がすんだところで、三川が訪問の目的を告げた。
 「私たちは創価学会という最高の仏教を信奉する団体です。このたび宗教的儀式として、釈尊が成道した聖地であるブッダガヤに、日本から持ってきました石碑などを埋めることになり、そのための許可をいただきにまいりました」

 皆、委員長の答えを、固唾を飲んで待った。
 彼は、おもむろに口を開いた。
 「ここは暑いから、部屋の方へ行きましょう」
 一瞬、拍子抜けしてしまった。
 部屋に通された一行は、埋納するケースと東洋広布の石碑を見せ、更に、ケースの中身を撮影した写真を提示した。
 「埋納するものは、これだけです。東洋の平和と幸福を祈念する品々です」
 三川が説明した。
 皆、緊張して管理委員会の委員長の顔を見つめた。

 委員長は、おだやかな口調で言った。
 「わかりました。埋納に同意いたします」
 その瞬間、森川一正は、喜びというより、全身からフーッと、力が抜けていくような気がした。
 委員長が、大きな目を見開いて、話しかけた。
 「しかし、大切なものを埋めてしまっては、誰も見ることができなくなってしまいます。むしろ、ブッダガヤの寺院に納めて、保管してもらっては、どうでしょうか」

 三川が通訳すると、森川が慌てて答えた。
 「いいえ、結構です。とんでもございません。埋めさせていただければ十分です。埋納は日本で既に決めてきたことですから、変えるわけにはいきません。埋納にいたします」
 「そうですか。わかりました」
 委員長は係官を呼ぶと、一行の案内をするように指示してくれた。