投稿者:河内平野 投稿日:2015年10月 5日(月)14時48分21秒   通報

第二次大戦中の歴史をとおしてお話ししておきたい。

狂気の独裁者ヒトラー。
彼は、無数の悲劇を生んだ。
一国も団体も家族も、たった一人の指導者によって、幸福にも不幸にも動いていく。

父親が酒乱とか、母親が嫉妬深くヒステリーであるとか、それだけで皆、苦しみ、おびえて暮らさねばならない。

いうまでもなく、ヒトラーによる悲劇は筆舌に尽くしがたい。
一方、独裁者への抵抗のなかで、無数の「人民の英雄」も生まれた。

善と悪、正と邪――その相克は永遠である。
成仏も「天魔」と戦い、打ち勝つところにある。

これは、現在、不幸なことに内戦が続いているユーゴスラビアの話である。
平和への祈りをこめて語っておきたい。

第二次大戦中、ユーゴは、ヒトラーのナチス軍に占領された。
ユーゴの軍隊のなかにも、ナチスに協力する者が多く出た。

戦っているふりだけをする者も――。
いつの世にも変わらない人間模様である。

そうしたなか、徹底抗戦を続けたのが、チトー(のちのユーゴスラビア大統領)率いるパルチザン部隊である。

これは、まさに人民軍であり、正規の軍隊ではない。
いわば《同志の軍隊》であった。年寄りもいる。女性もいる。子どもも一緒である。

彼らは神出鬼没のゲリラ戦を展開して、強力なナチスの軍隊を苦しめた。

一九四三年三月、両軍はネレトヴァ河畔で壮烈な激戦を繰り広げた。有名な戦いである。

どちらが勝つか――この勝敗で祖国の運命は大きく決する。
日本でいえば、規模は小さいが「川中島の戦い」を思い出す。

しかし、戦況はパルチザン軍にたいへん不利であった。
彼らは、兵隊として正式の訓練も受けていない志願兵の集まり。

一方、ナチス軍は近代的武器も完璧に整備されている。不利なのも当然であった。
そのうえ、ヒトラーは「殲滅作戦」と称して、主力的な軍隊をそこに投入した。

一人も残らず、皆殺しにせよ――独裁者の絶対の命令であった。
おまけに、人民軍のほうは、チフスにもやられ、約三千から四千人の病人や負傷兵をかかえていた。どうするか――。

この時の模様を、ユーゴの映画「ネレトヴァの戦い」はこう描いている。

ネレトヴァ河畔は、うめき声で満ちていた。雪は降りしきる。敵はそこまで近づいている。
爆撃に次ぐ爆撃――皆、おびえきって、顔を地面に伏せるしかなかった。このままでは全滅である。

祖国は、独裁者の奴隷になってしまうのか。人民の自由は、もう永久に失われてしまうのか――。

【第一回静岡合唱友好祭 平成三年十月十三日(全集七十九巻)】