投稿者:河内平野 投稿日:2015年10月 5日(月)10時21分52秒   通報

私が『人間革命』の執筆を決意したのは、
戸田先生の「真実」を、正しく後世に伝えたい、残しておかねばならないとの思いからであった。

戸田先生の弟子と名乗る人は多かった。
また、戸田先生にお世話になり、直接、指導を受けた人も数多くいた。

にもかかわらず、戸田先生の死後、師敵対して、学会に反逆する者も出ている。
それは、戸田先生の「真実」を知る人がきわめて少なかったことを物語っている。

事実と真実――これほど判別のむずかしいものもない。

人間の目に映った「事実」が、必ずしも「真実」を表しているとは限らないからである。
「事実」は、ある意味で、だれにでも見える。
しかし「真実」は、それを見極める目を磨かなくては、決して見抜くことはできない。

こんなエピソードがある。
戦前のことだが、初代会長の牧口先生が一生懸命に講義をされているのに、
理事長の戸田先生は、よく将棋をさしていたというのである。

周囲の人は、それを見て、「会長は講義、理事長は将棋」と陰口を言い、
「不遜極まりない、傍若無人な振る舞いである」と非難した。

しかし、そこには、戸田先生の深いお考えがあった。

当時、厳しく罰論を説く牧口先生についていけず、一部に離れていこうとする人々もいた。

そこで戸田先生は、悠々と将棋をすることで、学会の自由さを示しながら、
雰囲気をなごませ、励まし、退転への防波堤となっておられたのである。

【第十三回関西総会、第五回兵庫県総会、常勝の花満開総会、県・区代表幹部会 平成三年十月十六日(全集七十九巻)】