投稿者:大仏のグリグリのとこ 投稿日:2015年 9月24日(木)11時50分46秒   通報

弟子門下に対する迫害は
「ないないは法華経をあだませ給う」(1564㌻)とあるように、法華経の敵視がその本心です。

迫害者は、まともに法華経の法義と対決し、その信仰・実践を非難し攻撃してくるようなことはありません。

要するに、法義の正邪などはどうでもいいのです。
迫害者の心根にあるのは「法華経への敵視」だけなのです。

そして、実際に事を起こす場合は
「他の事によせて事かづけ、にくまるる」(同㌻)とあるように、
表面上は他のことにかこつけて憎み、非を訴えていくのが迫害者の常套手段です。

「他のことにかこつける」とは、
仏法以外の世法・国法上の過失などで騒ぎ、社会的な面から制裁を加え弾圧してくるということです。

事実、熱原法難の場合、熱原郷に折伏・弘教が次第に進み、
法華経帰依の僧俗が増えてきたのに恐れをなした反法華勢力が、大聖人門下を弾圧するために、

これら農民信徒たちが「院主の田から稲を刈り取って盗んでいる」とでっち上げ、
稲刈りの現場を襲撃して捕らえ、デタラメの告訴状を作って、盗みの罪で弾圧したのです。

その後も熱原関係に対する、官憲の調査や追及は厳しく行われ、神主もその一人として、目をつけられていたわけです。