投稿者:ジョーカー 投稿日:2014年11月 9日(日)17時06分30秒  

次の問題として
だとしたら三大秘法が兼ね備わっていない大御本尊をなぜ御本尊という位置づけにしてきたのか

それに対して原田会長は
「当時、宗門との僧俗和合時代に信仰実践に励んできた会員の皆さまの感情や歴史的な経過を踏まえ、この『一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊』については、『弘安2年の大御本尊』を指すとの説明を行っていました。」と

これで納得できる人もいれば納得できない人もいるでしょう
三大秘法が備わっていない御本尊を信奉させてきたのは、会員への配慮であると

そういう話であるが、中には「ふざけんな」って人もいるでしょう
ある意味詐欺に近い話でもある

自分なんかは、大石寺の大御本尊に対しては何の思い入れもないどころか、みたことすらないレベルなので、どうでもいいと言えばどうでもいいのだが・・

御本尊というのは学会員にとっては信仰の根幹であり、ものすごいデリケートなもので、「はい、そうですか」で済む問題ではないようにも思います

ここを簡単に考えるような幹部はアウト中のアウト

そして、後付け設定感も否めない

嘘も方便で済む内容なのか否か

ここは考えものではないでしょうか