投稿者:ジョーカー 投稿日:2014年11月 9日(日)16時46分41秒  

会則が改正されてしまった以上は引き返すことはできない
完全理論武装するしかない

教学部レポートから推測するに、本部が理論武装できているとは到底思えない
護るべきは会員であり、一人ひとりのもやもやを晴らしていく必要があると考えます

幹部には一切期待はしない

まずは自分のもやもやを自分自ら晴らしたいと思います
私は前のコメントで
『大謗法の地にある弘安2年の御本尊は受持の対象といたしません』との原田会長の会見の内容に対して

謗法の地にあるから御本尊の体を為していないという理屈、ここがわからないと主張しました。

これは御本尊を三大秘法の観点から考えると解決できるのではないか

本尊のみに焦点を当てると、違いがあるわけではない

しかし三大秘法となると戒壇もからんでくる

戒壇として大石寺という謗法の地がふさわしいとは言えない

つまり本門の戒壇としては成り立たないという理論を形成できる

したがって、本尊としては正しいが、戒壇としてはふさわしくないから、
御本尊という対象からは除くと

これで自分としては何とか納得ができる
もちろんこの解釈が正解かどうかはわからない

う~ん、なんというか、本当に物は言い様であり、解釈でどうにでもなってしまうものなのかもしれない それが実に恐ろしい

仏教は解釈違いで分裂していった歴史があるので