投稿者:まなこ 投稿日:2015年10月 1日(木)12時44分50秒   通報
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法師功徳品から
爾の時に仏、常精進菩薩摩詞薩に告げたまわく、
若し善男子、善女人、是の法華経を受持し、若しは読み、若しは誦し、若しは解説し、若しは書写せん。是の人は、当に八百の眼の功徳、千二百の耳の功徳。八百の鼻の功徳、千二百の舌の功徳。八百の身の功穂、千二十百の意の功徳を得べし。是の功徳を以って、六根を荘厳して、皆清浄ならしめん(法華経p541)

その時、仏は常精進菩薩に向かって仰せになつた。
「もし善男子、善女人かいて、この法華経を受持し、もしくは読み、もしくは誦し、もしくは解説し、もしくは書写すれば、この人はまさに八百の眼の功徳、千二百の耳の功徳、八百の鼻の功徳、千二百の舌の功徳、八百の身の功徳、千二百の意の功徳を得るであろう。この功徳をもって、六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)を荘厳し、みな清浄ならしめるであろう」
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須田: 関野さんは「一年、三百六十五目、折伏です」と言っておられます。
毎朝毎晩「私の眷属に会わせてください」と祈っているというのです。すると仏法の話を聞く人が不思議に現れてくる。九八年に弘教した人も、何年ぶりかで偶然に道で再会した人だそうです。
また“あの人に仏法を教えてあげたい”と思う人の名前を書き出して毎日、祈念しておられます。“あの人が信心すれば、どれほど幸せになるだろうか”という思いで。

遠藤: 慈悲の祈りほど強いものはありません。本当に自分のことを思ってくれる人の言うことは聞かぎるをえません。幸せを祈ってくれている関野さんの強い心を友人も感じるのでしょうね。

須田: 関野さんの弘教は、あまり難しいことは言わないそうです。短い言葉で十分(笑い)。たいてい素直に友人が入会決意する。理屈ではなく「人の命を動かす言葉」なんですね。

名誉会長: 折伏は「真心が通じますように」と祈っていくのです。
そうしていけば、たとえその時はどういう結果であれ、「自分の幸せを、これほど真剣に思ってくれた」という信用が残る。感動が残る。それが大事です。
次元は違うが、一九九八年に「生誕百周年」の周恩来総理が、なぜ今なお中国十数億の人民の胸に赤々と生きているのか。
「総理のことを思うと、涙が出てくる」と言う人は少なくない。それは、総理が誰よりも中国人民の幸せのために身を粉にして働いたからです。
「一死尽くしし身の誠」(土井晩翠の詩「星落秋風五丈原」にうたわれた諸葛孔明の心境)です。総理の心には人民の幸福のことしかなかった。その思いが、逝去(七六年一月)から二十年以上たった今も、人々の胸を熱くするのです。

遠藤: 「生誕百周年」記念に、池田先生が招聘された「中国中央民族歌舞団」の公演に関して、松山バレエ団の清水正天さん(理事長・団長)が、こう書かれていました。
「周恩来総理は芸術に特別な感情を持っていました。それは感性の豊かさと人一倍の愛の心を持っているからです。人はいつかはこの世から去るが、愛はいつまでも人の心の中で消えません。中国の十四億の人々がなぜ周総理が好きなのかは、ここにその根源があります」

斉藤: 弘教も、慈愛の心が通じるように祈っていくことが大事ですね。

名誉会長: 慈悲の一念が強ければ、相手が、どういう悩みを持っているのか、どこで行き詰まっているのかも、わかってくる。
名医が患者の「急所」をわかるようなものです。これが「六根清浄の功徳」です。

須田: 関野さんは、入会して四十年余、病気も貧乏も、すっかり飛んでいってしまいました。関野さんの口癖は「強いほうが勝つ」ということです。だから生命力を強くするために、必ず真剣な唱題をして弘教に臨むそうです。
商売のうえでも不渡り手形を受けたり、いろいろなことがあったそうですが「何があっても前に進んでいける強さが身につきました」と語っておられます。

斉藤: この「強さ」こそ、法師の「功徳」ではないでしょうか。