投稿者:多様性万歳   投稿日:2015年 8月 7日(金)23時44分27秒     通報
池田先生が日蓮大聖人の「出世の本懐」について述べられた、
最後の公式発言は『御書の世界』の連載においてと記憶している。
(もし、それ以降に公式発言があれば、教えて下さい)
そして、その箇所について、『御書の世界』第3巻として出版されたのが
2005年3月16日である。

以下、その中から、池田先生の発言部分を抜粋する。

「日興上人が折伏を展開された駿河の熱原の地で、やがて法難が起こり、
それが大聖人の出世の本懐の実現へ、大いなるきっかけとなった。」(P.20)

「大聖人が「聖人御難事」を認められ、出世の本懐を遂げられることを宣言されたのが、十月一日です。
法戦の全魂の指揮を執られながら、一方で大御本尊御建立の準備をしていかれたと拝せられる。」(P.231)

「出世の本懐である大御本尊の建立は、それを受持し奉る「不惜身命の民衆」の出現を待たれて実現されたのです。」(P.232)

(抜粋、以上)

池田先生は、「熱原の法難」については、「出世の本懐」を実現するための、大いなる「きっかけ」と言われている。
また、弘安2年10月1日に著された「聖人御難事」においては、日蓮大聖人が「出世の本懐」を遂げられると宣言されたと拝されている。
つまり、ここでは「出世の本懐」を「遂げられる」という未来形であり、「遂げられた」という過去形または現在完了形ではない。
このご説明からは、日蓮大聖人の「出世の本懐」は、「大御本尊建立」(弘安2年10月12日)であることは明白である。
一方、池田先生が公の場に姿を見せられなくなった後、創価学会の公式ホームページ上では、
何の説明もなく、以下のように2回も変更された。

<変更一回目> (2014年頃)
農民信徒たちの不惜身命(仏道修行のためには身命を惜しまないこと)の姿に、大聖人は、民衆が大難に耐える強き信心を確立したことを感じられて、10月1日 に著された聖人御難事で、立宗以来「二十七年」目にして、「出世の本懐」を遂げられたと宣言されました。「出世の本懐」とは、仏がこの世に出現した目的と いう意味です。
そして、弘安2年(1279年)10月12日に一閻浮提総与の大御本尊を建立されたのです(一閻浮提総与とは全世界の人々に授与するとの意)。

<変更二回目> (2015年)
農民信徒たちの不惜身命(仏道修行のためには身命を惜しまないこと)の姿に、大聖人は、民衆が大難に耐える強き信心を確立したことを感じられて、10月1 日に著された「聖人御難事」で、立宗以来「二十七年」目にして、大聖人自身の「出世の本懐」を示されました。「出世の本懐」とは、この世に出現した目的と いう意味です。
(中略)
この熱原の法難において、三大秘法の南無妙法蓮華経を受持して、不惜身命の実践で広宣流布する民衆が出現したことにより、世界の人々を救うための日蓮大聖人の民衆仏法が現実のものとなりました。
このことにより、生涯をかけた根本目的、「出世の本懐」を達成されたのです。
いわゆる“弘安2年の御本尊”も、こうした中で御図顕されたものです。

(引用、以上)

私は、歴史的事実については、池田先生の言及だけで教条的に、又は盲目的に信じるというわけではない。
歴史的事実については、その後の新しい文献の発見や、学術的な成果により、
より正確に修正されることもあり得ると考える
なので、もし2005年の『御書の世界』第3巻の発行以降に発見された文献や、学術的な成果を公表した上で、
「出世の本懐」が変更されるのであれば、納得も出来るかもしれない。
しかし、残念なことに、そうした説明は一切なく、創価学会のホームページ上で、こっそり変更されていたことを発見した時は、
単なるミスだと思い、すぐに学会本部に連絡した。
だが、それが単なるミスではなく、学会の公式見解としての変更だったことを知り、さらに驚くと共に、
十分な説明がないことを不審に感じた。
そして、いつの間にか、二回目の変更。これについては、たった今、知ったばかり(勉強不足の私だけかな)。

まとめると、日蓮大聖人は「聖人御難事」の中で
1、出世の本懐を「遂げられる」と宣言(池田先生の公式発言)
2、出世の本懐を「遂げられた」と宣言(学会HP上での一回目の変更)
3、出世の本懐を「示されました」(学会HP上での二回目の変更)

学会HP上での日蓮大聖人の「出世の本懐」の説明変更について、
学会本部は、学術的な面から、会員に対して、十分に納得のいく説明をすべきである。
こんな大切なことを、こっそり何度も変更して、会員の不信を抱かせてはいけない。

学会の執行部、しっかりして下さい。