投稿者:KS部OB    投稿日:2015年 8月 5日(水)12時06分41秒     通報
【全国最高協議会】(2006・8・1)

全国最高協議会の開催、まことにご苦労さまです(大拍手)。
夏の研修は、学会の伝統である。
責任ある立場に立つ人ほど、自己に厳しく、自己を磨き、光り輝いていなければいけない。
いくつになっても、心は青年のごとく、きびきびとした清新な息吹にあふれている。それが学会精神である。
一日一日が前進!
一日一日が勝利!
それが学会のいき方である。進まざるは退転であり、仏法は勝負であるからだ。
戸田先生は明確に指導された。
「広宣流布という未曾有の大運動は、あらゆる分野にわたっての連続革命であり、連続運動である」と。
時代は刻々と動いている。変化、変化の連続である。
例えば、少子化の流れも、想像を超える速さで進んでいる。
学会の未来部のあり方も、また、私の創立した創価大学、創価女子短期大学をはじめ、創価教育の展望についても、私は将来を見据えて、いち早く対応を協議してきた。
今や、4割の私立大学(4年制)が「定員割れ」という現状なのである。
伸びていくところと、落ちていくところがある。
勝っているところは、どこも真剣である。瞬時に手を打っている。ぼやぼやしていたら、それだけ遅れる。
負けの因をつくる。幹部の責任は重大なのである。

ともあれ、生き生きと、協議会を進めてまいりたい。
御書には「声仏事を為す」(708ページ)とある。声が大事である。
「心に響く声」で話すことだ。
話す内容も、正確で嘘がないかどうか、そして要点がきちっと押さえられているか。戸田先生は、そういう点に厳しかった。
話には、「要・略・広」の三つがあるのだと指導された。
つまり、急ぎの場合は要点を、時間があれば、概略を、さらに説明の必要があれば、広く詳しく述べる。
結論の分からない、だらだらした話は、皆のやる気を奪うだけである。

剣豪の修行のごとき教学研鑽が学会の伝統である。
とくに青年時代に学んだ教学は、一生の信心の土台となる。
青年部の諸君は、執念をもって、月々日々に、御書を繙いていっていただきたい。
大聖人は「行学の二道をはげみ候べし、行学た、(絶)へなば仏法はあるべからず」(御書1361ページ)と仰せだ。
「行学の二道」が仏道修行の根本である。
この秋(10月1日)には、全国で青年部の教学試験2級が実施される。大成功・大勝利へ向けて、皆で全力で取り組んでまいりたい(大拍手)。

幹部は増上慢であってはいけない。
それでは人材も育ってこない。
戸田先生は言われた。
「御本尊の力は無量無辺に偉大である。ゆえに、いくらでも組織が伸びていくことは間違いない。しかし、それを自分の力だと思っていると、数は増えても人材は出そうで絶対に出てこない」と。
指導者は、「あの人はいいけど、この人はだめ」ではなく、「あの人はここが良い、この人はここが良い」と、一人一人に光を当てながら、その人の長所を見つけ、讃えていくことだ。
人材が育つか否か。
リーダーの一念と行動で決まってくるのである。

仏法の根幹は師弟である。三世永遠にわたって師弟である。
戸田先生は、遺言のごとくおっしゃった。
「三代までが、万年の土台となる」と。
日蓮大聖人の御精神を現代に蘇らせ、生命の奥底からの宿命転換の方途を示し、それを日本の民衆に広めゆく基盤をつくられたのが、初代の牧口先生であり、第2代の戸田先生であられた。
そして、その基盤を受け継いで、万年の世界広宣流布の土台をつくりゆくことが、第3代である私の使命であり、実践であった。
今、太陽の仏法は、世界190力国・地域に広がり、世界の民衆を平和と文化と幸福の光彩で照らしている。戸田先生のおっしゃる通りに私はやってきた。
三代の闘争によって、万年の学会の土台は築き上げられたのである。
この三代に脈打つ「広宣流布の魂」を守り抜き、受け継いでいくならば、学会は永遠に発展し、勝っていくことができる。
それを強く申し上げておきたい。

戸田先生は厳しく言われた。
「師匠直結の幹部たれ」と。
私は師匠の一言一句を、一つも漏らさず心に刻んできた。冗談で言われたようなことでも、絶対にゆるがせにしなかった。
それが師弟である。
師匠の牧口先生に、弟子の戸田先生は、牢獄までお供された。
非国民とののしられ、牢獄でひどい目にあわされ、それでも耐えに耐えられた。大変なことである。
その戸田先生が今度は事業に失敗し、莫大な借金を抱え、破滅寸前に陥ったとき、だだ一人、最後まで先生をお守りしたのは私である。
大阪事件では、無実の罪を着せられて牢獄にも入った。
体は強いほうではなかった。医者には「三十までは生きられない」と言われた。
それでも、私は、祈りに祈り、命がけで戦い、家庭も何もすべて捨てて、師匠にお仕えした。大難と戦う師匠を守り抜いた。
そして、戸田先生に第2代会長となっていただく道を厳然と切り開き、万代の勝ち戦の土台をつくったのである。
自分のことになるが、後世のために、あえて明快に述べておきたい。

「青年は心して政治を監視せよ」これは、戸田先生の教えであった。
先生は、権力の魔性の一恐ろしさを熟知しておられた。
「現実は修羅場であり、戦場である。社会の泥沼には、権力闘争が渦巻いている。その中で、妙法の政治家を育てていくのだから、相当の覚悟が必要だ」こう語っておられたことも、忘れられない。
さらに先生は、こう訴えておられた。
「広宣流布は、どこまでいっても結局は御本尊の仕事である。
ゆえに、いつ、いかなる場合も、透徹した信心が要請されるのだ。
それで、我々の凡夫の眼も、仏眼の一分となることができる」
一切の根本は信心である。真剣に、御本尊に祈りきっていくことだ。
「戦いは真剣さが大事だ。一日一日が真剣勝負だ。真剣でなくては悔いが残るぞ」
これも戸田先生の指導である。
きょうという日は二度と来ない。きょうを勝ってこそ、未来の勝利もある。
貴重な一日一日を、悔いなく戦い抜いていくことだ。

戸田先生は、「創価学会とは〝折伏学会〟の異名である」と語っておられた。
人々を不幸にする悪とは、敢然と戦う。友の幸せを祈り、幸福の大法である妙法を教えていく。
ここに学会の使命がある。大目的がある。
リーダーの皆さまは、「折伏精神」を全身に漲らせて、進んでいただきたい。
先生は人材育成の方法について、こう述べておられた。
「学会活動に打ち込ませることが、人材を磨くことになる。これ以外に方法はない」
大切なのは実践の中で訓練していくことだ。
人と会い、語る。励ましを贈る。一つ一つ壁を破り、結果を出していく。そうした積み重ねの中で、人間が磨かれ、信心が鍛えられていく。
学会活動は、最高の人間錬磨の場なのである。

先生は言われた。
「広宣流布を忘れて枝葉末節のことに走っては、我々の活動は活力を失うことになってしまう」
我々の目的は何か。
広宣流布である。自他ともの絶対的幸福の実現である。平和と希望の大哲学を全世界に広めゆくことだ。
この目的を忘れて、枝葉のことにとらわれたり、かえって学会員を苦しめるようなことがあっては本末転倒である。
皆が生き生きと、心軽やかに活動できるように、リーダーの皆さんには縦横の指揮をお願いしたい。
戸田先生は、調子に乗って威張ったり、尊き同志を見下したり、和合僧を破壊するような幹部に対しては、それはそれは厳しかった。
「幹部も、いい気になっていると、皆から浮き上がって、最後には地獄に沈むぞ」とまで言っておられた。
厳愛の指導として、未来のために残しておきたい。

戸田先生は、偉大なる広宣流布の指導者であった。
私は先生のもとで、教学をはじめ、一切の「人間学」「将軍学」を学んだのである。
先生は言われていた。
「大聖人の教えは過去でも、未来でもない。現在、ただ今が問題になるのだ。その上で、未来を大きく把握する教えである」
現当二世(=現世と未来世)のための信心である。そして、未来といっても現在の戦いで決まる。
大切なのは今、どうするかだ。
御書には、「未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」(231ページ)との言葉が記されている。
学会の永遠の発展のために、今、あらゆる手を打ちたい。この最高協議会から、新しき前進への波動を起こしてまいりたい(大拍手)。

先生は、こうも語っておられた。
「学歴がなければ駄目だというような風潮があると、その組織は駄目になる」
学会は信心の団体である。学歴があるからといって、その人を特別扱いする必要などまったくない。
むしろこれまで、一流大学を出た幹部で、慢心を起こして同志を見下し、愚かにも退転していった人間がいた。
大切なのは信心だ。学会のため、友のため、広宣流布のために尽くす人を大切にしていかねばならない。
「焼きもちや利欲や、自分が威張りたいがために、内輪争いをしてはならぬ。最もみっともないことである」
これも先生のご指導である。
自身の虚栄や欲望のために、広宣流布の団結を破壊するようなことがあってはならない。また、それを許してはならない。

先生は折に触れて、経営哲学についても語ってくださった。
ある時は、「部下を信用しすぎて、失敗することがある」と言われていた。
企業家として、幾多の辛酸もなめてこられた先生である。一言一言に、深い経験に裏付けられた重みがあった。
また「重役出勤は、最もいけない」とも指導されていた。
「商売を繁盛させるには、主人が朝いちばん早く来ることが大事だ。中心者というものは、何をやらなくても、どっかりと座っているだけでも、意味がある」これが先生の考えであった。

きょうは、女子部の代表も参加しておられる。
戸田先生は、女子部が夜遅くまで会合を行っていたことに対して、厳しく言われた。
「前から会合は早く終えて、家に帰れと言っているのに、それが守られていない。女子部は絶対に事故を起こしてはいけない」
先生は女子部を最大に大切にされた。私もまったく同じ思いである。
特に今は、凶悪な犯罪が増えている。帰るのが遅くなって、事件や事故にあうようなことがあっては、取り返しがつかない。
智慧を使い、工夫をすれば、短時間でも充実した会合を行うことはできる。女子部の皆さんは、決して遅くまで会合を行うことがないよう、改めて確認しあいたい。

「人材養成の基本は、自分を養成するにある」と戸田先生は言われた。
非常に大事なご指導である。幹部は、つねに謙虚に自己を見つめ、精進していかねばならない。思い上がってはいけない。慢心があれば、成長が止まる。
成長の止まった人間は、人に触発を与えることはできない。人を育てるには、まず自分が戦うことだ。自分が勉強することだ。

戸田先生のもとで、先生とともに過ごした一瞬一瞬は、私にとって、すべてかけがえのない宝である。
先生が亡くなられる前年(1957年)の夏の思い出は、ひときわ鮮やかに胸に刻まれている。
このころ、先生のお体は、大変に弱ってきておられた。それでも先生は、命を振り絞って、学会員の幸福のため、広布の未来のために、指導し、励まし、手を打ってくださった。言々旬々が、遺言の響きを持っていた。
8月は、夏季講習会、信州での指導、北海道の第1回体育大会などがあった。
北海道の体育大会で、戸田先生のお姿に接した青年たちは、本当にうれしそうだった。戸田先生もまた、躍動する青年たちを見て、大変に喜ばれていた。弟子である私の喜びも深かった。
〈あいさつに立った戸田会長は、「初代の会長は、青年が大好きだった。私も青年が大好きです。おおいにたのみとしている」と呼びかけた〉
師弟の絆、同志の絆というものは、この世で最も尊いものである。美しいものである。

先生は、「八方に戦いの火ぶたを切れ!新しい道をつくれ!」と、青年部に呼びかけられた。
私は、先生の言われた通りの行動を展開した。あらゆる分野に挑み、新しい道を開いた。どんなことであっても、すべて師匠に直結して行動した。
自分を守ろうとか、いい格好をしようとか、そんな思いなど、これっぽっちもなかった。
先生のために、泥まみれになり、傷だらけになって、阿修羅のごとく戦った。
これが師弟不二である。創価学会の根本精神である。師弟不二とは、人間の尊極の生き方である。
先生は、よく言われていた。
「同志は皆、厳しい現実と格闘しながら、一生懸命、広布に尽くしてくださっている。それなのに、リーダーが先頭に立って戦わないのは、とんでもないことだ」
リーダーは、わが身を省みて、深く肝に銘じてほしい。
「広宣流布の戦だけは絶対に負けるわけにはいかない。民衆救済の尊い使命ある学会は、何があろうと負けてはならないのだ」
これもまた、先生の痛切なる叫びである。
大聖人の仏法は、人類を根本から救いゆく大法である。広宣流布によってこそ、本当に平和な世界を築いていける。もしも、広布の戦いに敗れれば、民衆の苦しみはやまない。人類の未来はない。
先生は、広布のすべてを担い、凄まじい責任感で指揮を執っておられた。あらゆる魔性と戦っておられた。

イタリア・ルネサンスの大詩人アリオストは言った。
「ああ、哀れなるかな、邪悪な輩に長きに渡り、唆されて、苦しみに引きずり込まれる者たちよ」(脇功訳『狂えるオルランド(上)』名古屋大学出版会)
トルストイは、イギリスの歴史家力ーライルの言葉を書き留めている。
「滅びるものはただ不正なもののみであり、正しきものの負ける道理はない」(北御門一郎訳『文読む月日(下)』ちくま文庫)
民衆の側に立ち、民衆の幸福のために戦う正義の闘争に、負ける道理はない。いな、負けてはいけない。
我々は勝とう! 民衆のために! 未来のために! (大拍手)

私が若き日に読んだ哲学者の三木清は、こう綴っていた。
「嫉妬こそベーコン(=イギリスの哲学者)がいったように悪魔に最もふさわしい属性である。なぜなら嫉妬は狡猾に、闇の中で、善いものを害することに向って働くのが一般であるから」(「人生論ノート」、『三木清全集第1巻』所収、岩波書店。現代表記に改めた)
古今の哲人は、嫉妬がいかに人間と社会を毒するか、さまざまに論じている。
嫉妬は善いものを害する。優れた人の足を引っ張る。偉大さを否定しようとする。
逆に言えば、嫉妬されることは偉大な存在の証明とも言える。
ドイツの哲学者ショーペンハウアーは、次のような言葉を残している。
「悪書は、読者の金と時間と注意力を奪い取るのである。この貴重なものは、本来高貴な目的のために書かれた良書に向けられてしかるべき」(斎藤忍随訳『読書について他二編』)だと。
深くかみしめるべき言葉である。
真実の言論は、社会を正しくリードする。虚偽の言論は、社会を無秩序へと導く。
私は青年時代、戸田先生や学会に対する虚偽の言論と真っ向から戦った。ただちに足を運んで、真剣に対話した。
先生は「外交の根本は誠実だ」と、よく語っておられた。
私はその教えのままに、どこまでも誠実に語り抜き、理非曲直を明らかにしていった。
師匠が悪口を言われて、黙っていることなどできない。それを傍観しているのは、弟子として、あまりにもずるく、卑怯な態度だ。
私は、先生が非難・中傷の嵐にあっているときこそ、先生のおそばで仕えた。先生を守り、学会を守った。これは、わが一生の栄誉である。
「断じて先生を守る!」「私が戦います! 先生は見ていてください」 ── これが私の闘争だった。これが本当の学会精神である。

戦争の影響で、まともに勉強できなかった私は、戦後、思う存分、勉強したいという強い願望を持っていた。
先生の会社に入ってからも、時間をやりくりしては、夜学に通っていた。
しかし、先生の事業が行き詰まり、社員が一人去り、二人去りするうちに、そういう余裕はなくなっていった。
昭和25年(1950年)1私が22歳になる年の正月、先生は私に言われた。
「日本の経済も混乱している時代であり、私の仕事も、ますます多忙になっていくから、ついては、君の学校の方も、断念してもらえぬか?」
私は、即座にお答えした。
「結構です。先生のおっしゃる通りにいたします」
すると先生は、「そのかわり、私が責任をもって、君の個人教授をしていくよ」と、おっしゃってくださった。
そのお言葉通り、先生はご逝去の直前まで、私にあらゆる学問を教えてくださった。この私を、誉れの「戸田大学」で鍛え抜いてくださったのである。
師匠というのは、本当にありがたいものである。
私にとって、戸田先生は「ただ一人の師匠」だった。
戸田先生にとって、私は「ただ一人の真実の弟子」だった。
戸田先生と私は、「不二」であった。
今も私は、毎日毎日、先生を思い、先生と対話しながら、生き抜いている。戦い抜いている。
いつも師匠と一緒。いつも同志と一緒。この心があれば、何があろうと、断じて負けることはない。
師弟不二の心で、晴れ晴れと栄光の人生を飾っていこう! (大拍手)
(2006・7・31)

連日の協議会、ご苦労さまです。きょうも少々、スピーチをさせていただきたい。
お会いすることはできなくとも、私のスピーチを待ってくださっている方々がいる。多くのお便りもいただく。
そういう皆さんの思いが、ひしひしと伝わってくる。そのためにも、私は語りたい。

もったいなくも、私は、世界中の著名な大学や国際機関から多数の講演の要請をいただいている。〈これまで名誉会長は、海外の大学や学術機関などで、31回の講演を行っている〉
時間がなくて、なかなか、お応えできないが、仏法の人間主義に対する信頼と共感は、皆さんの想像を超えて、世界に根を張り、大きく広がっていることを知っておいていただきたい。
すべては、師匠の戸田先生のご指導通りにやってきた結果である。
戸田先生の時代、私たち青年は、先生の指導を必ず実践した。
広布に戦う師匠のもとに、皆が一致団結していた。役職が上だとか下だとか、経験が長いとか短いとか、そういう次元を超えて、「師匠の夢」を実現しゆく弟子として、皆が平等であった。心を合わせて進んだ。
そこに本当の異体同心ができた。広布に進む鉄の団結が生まれた。
だから強かった。
不可能と思えることまでも、成し遂げることができたのである。
「心こそ大切」(御書1192ページ)である。これが創価学会なのである。

戸田先生は「道をつくれ」と言われた。(会場に飾られた「ウィンザーの道」の写真を見ながら一
本の道がある。どの人にも、進むべき道がある。
私は「師弟不二」の道を歩んできた。ただ、ひたすらに、まっすぐに進んできた。それが、私の一生の誇りである。
〈創価の師弟について、ブラジル・北パラナ大学名誉博士号の授与式(1998年)の際、ラフランキ総長は語っている。
「私たちは、池田博士が成し遂げたこの偉業と、池田博士の師匠に対する『師弟不二』の一念に心より感動しております」「私たちの大学にとって、師弟の関係は大変に重要であります。師匠が計画し、弟子が実行する。師匠が成功の道を指し示し、弟子が人生をかけてその道を行く。私たちはまた、『一人の人間革命が、やがては一国の宿命をも転換する』ということを信じています」〉

道といえば、中部において、「道」の一字を、毛筆で一気にしたためたことが思い出される。場所は、私も何度となく訪れた、懐かしき三重研修道場であった。
本年は、「中部の日」が制定されてから、30周年ともうかがっている。〈「中部の日」は7月27日。1976年のこの日、中部の記念幹部会が開催され、名誉会長から「堅塁」と刺繍された中部旗が授与された〉
この30年間、私とともに、「誓願」の誉れ高き北陸の同志とともに、偉大なる歴史を築いてくださった。師弟の魂が光る大中部となった。
本当におめでとう!
日蓮大聖人は「大悪大善御書」で仰せである。
「迦葉尊者にあらずとも・まい(舞)をも・まいぬべし、舎利弗にあらねども・立ってをど(踊)りぬべし」(同1300ページ)と。
戦いは、困難であればあるほど、舞を舞うがごとく、喜び勇んで進んでいくのである。
大変だからこそ、勝つ喜びも大きい。功徳も無量無辺だ ── そのくらいの気持ちで、明るく楽しく、心を一つにして、大中部の「新しい勝利の道」を切り開いていっていただきたい。よろしく頼みます!(大拍手)

中国の『貞観政要』から、指導者のあり方について、いくつか学んでおきたい。
『貞観政要』は、唐の第2代皇帝・太宗が臣下と交わした問答をまとめた書である。
父の高祖を継いで、626年に即位した太宗は、年号を「貞観」と改元。多くの人材を用い、「貞観の治」と呼ばれる繁栄の時代を実現させたことで知られる。
古来、中国や日本で、帝王学の書として読み継がれ、徳川家康も愛読した。
大聖人は、この『貞観政要』を、しばしば参照され、自ら書写もされている。流罪地の佐渡にあっても、『貞観政要』を送るように、弟子に申しつけられている。

『貞観政要』に「国は人民を本とし」(原田種成著『新釈漢文大系第95巻』明治書院)とある。
物事は、根本を見誤ってはいけない。
国の根本は「民衆」である。その根本の民衆を大切にし、民衆が豊かに栄えてこそ、国の発展があり、繁栄がある。
大聖人は「王は民を親とし」(御書1554ページ)と記されている。
「権力者が上」「民衆は下」ではない。
民衆が主役である。民衆が王者である。為政者とは、民衆に奉仕していく存在なのである。
「もし、天下を安泰にしようとすれば、必ずぜひとも先ず君主の行いを正しくしなければならない」(同)
これも『貞観政要』の一節である。
民衆を愛し、民衆に尽くし、民衆のために死にものぐるいで働く指導者を、民衆の中から育成していかなければならない。
それが創価の「指導者革命」の戦いである。
戸田先生は厳しく戒められた。
「皆、今は新しい気持ちで張り切っている。しかし、下手をすれば、すぐに精神が毒され、私利私欲に狂ってしまう者が出ないともかぎらない」
「民衆のため」 ── この一点を忘れれば、必ず慢心となり、堕落する。そういう人間を絶対に許してはならないし、出してもならない。これが戸田先生の痛烈な叫びであった。

国が乱れ、滅ぶのは、なぜか?
「それは、安らかなときに危険になることを思わず、治まっているときに乱れることを考えず、存立しているときに滅亡することを心配しない、ということが招いたもの」(同)と『貞観政要』には記されている。
指導者は聡明でなくてはいけない。常に未来を見つめ、今、どこに手を打つべきか。それを明確にし、迅速に手を打っていくことだ。
だが、決して焦る必要はない。一つ一つでいい。あっちも、こっちもでは、結局、なにもできないまま終わってしまう。
一つ一つ真剣に丁寧に取り組んでいく。そこに未来の勝利がある。

また『貞観政要』には、次のように述べられている。
「すべて大事というものは皆小事から起こるものである。小事を問題にしないで捨てて置けば、大事のほうはどうにも救うことができないようになるであろう。
国家が傾いて危険となるのは、すべてこれが原因でないものはない」(同)
小さなことが大切である。指導者は、ささいな問題にも気を配っていくことだ。
「これぐらいはいいだろう」という、いい加減な姿勢が、大きな事故や大間題をもたらすことになる。
『貞観政要』には、こうも記されている。
「道徳心のある君子は、人から受けた恩徳を、いつまでも忘れずに心に持っているが、心がねじけた小人は、御恩を忘れずに持っていることができないものであります」
「(これが)古人が、君子を貴び、小人をさげすんだ理由であります」(同)
「忘恩」は小人の特徴である。
これまでも、学会のおかげで偉くなりながら、大恩ある同志を見下し、裏切った人間が出た。
そうした卑しい人間が、最後は哀れな末路をたどっていることは、皆さまがご存じの通りである。

仏法は、全宇宙を貫く法則である。
仏法が説く原理は、あらゆる組織や団体にも通じていく。一切の思想をも包含しゆく、最高峰の哲理である。
私は、この仏法哲学を胸に、世界の指導者や識者と対話を重ねてきた。
イデオロギーや文化の違いを超えて、率直に意見を交わし、平和の建設へ力を尽くしてきた。
キューバのカストロ議長とも語り合った。
また、統一ドイツのヴァイツゼッカー初代大統領と会見したことも、忘れ得ぬ思い出である。
大統領とは、ドイツの大統領官邸でお会いした。深き信念の哲人政治家であった。
新しき時代を展望し、二人で約1時間にわたって語り合ったことが懐かしい。
大統領は述べている。
「宗教のほうから平和を生み出すために働きかけていくことが非常に重要です。それがグローバリゼーションの進んでいる社会における宗教の課題です」(『「平和への対話」ワイツゼッカー氏 来日全発言』毎日新聞社招致大阪実行委員会)
平和のために積極的に行動していく。社会を、よりよい方向へと変革していく。そこに宗教が果たすべき一つの使命がある。
大統領は、こうも指摘しておられる。
「あらゆる不正行為に対して、我々は厳しい監視の目を注いでいかなければなりません」(永井清彦訳『ヴァイツゼッカー日本講演録 歴史に目を閉ざすな』岩波審店)
悪は見逃すと増長する。本当に、ずる賢い。だからこそ、どんな小さな不正も見逃さず、その芽をつみ取っていかねばならない。
大統領はまた、民主主義について、こう発言している。
「民主主義が機能するのは、民衆全体のなかに政治に責任をとる強い気持ちが生まれてくるときに限ります」(同)
民衆が賢明になり、政治を鋭く監視していってこそ、民主主義は発展していくのである。

人間を苦しめる悪を許すな! 権力の魔性とは断固、戦え!  ── 戸田先生も、常々、このことを叫んでおられた。
庶民の真心に支えられて政治家になった人間に対して、先生は厳しく言われた。
「決して気取るな! 威張るな! 見栄っ張りになるな!」と。
民衆とともに語る。民衆のために戦う。そして、民衆のなかで死んでいく ── これが真の政治家であるというのが、戸田先生の信念であった。

戸田先生は「学会は第3代の会長で決まる」と繰り返し語っておられた。
その言葉のままに、私は、何十年にもわたって、ありとあらゆる悪口、非難中傷に耐え抜き、全世界に人材を育ててきた。
ただ一人、「防波堤」となって、学会を守りに守ってきた。
これが真実の歴史である。
この厳粛なる事実を忘れ、現在の学会の大発展を当たり前のように考える幹部がいるとすれば、それは恐ろしいことだ。
法華経の行者に迫害があるのは当然である。
三障四魔・三類の強敵を呼び起こし、それを打ち破っていく。
この死身弘法の闘争に、真実の仏法の実践がある。
戸田先生は、「何でもビクビクして、臆病な兎のような奴は人間として最低だ」とまで言われていた。
どうか、リーダーの皆さまは、大勇猛心を奮い起こして、一切の闘争の指揮を執っていただきたい(大拍手)。

婦人部の皆さん、いつも本当に、ありがとう!(大拍手)
全国の婦人部の皆さまに、最大の感謝を込めて、次の和歌を贈らせていただきたい。

世界一
創価の婦人部
晴ればれと
一千万の
母の力よ

母の力は偉大である。
女性の声に、真剣に耳を傾ける。
女性の意見を、最大に尊重する。
これからの時代は、一段とその流れを強めていかねばならない。
そうしなければ、どんな社会も、どんな団体も、必ず行き詰まる。学会の組織にあっても、同様である。

女性の視点は鋭い。決して軽視してはいけない。
私が対談集を発刊した〝欧州統合の父〟クーデンホーフ・カレルギー伯爵は、「今日存在する最も強い政治力は、機関銃でもなく、銃剣でもなく、世論である」(鹿島守之助訳『クーデンホーフ・カレルギー全集5』鹿島研究所出版会)と述べた。そして、「世論」をつくる「女性の使命」について、次のように語っている。
「明日の世論の構成、すなわち、将来を担う若い人々の意見の構成については、男性よりも女性のほうが多く関与しているのである」(同)と。
伯爵がとくに着目したのは、母親が子どもに与える影響であった。
女性が未来に及ぼす影響力は、はかりしれない。
「女性が未来をつくる」と言っても過言ではない。
学会は、婦人部・女子部を心から大切にし、尊敬しながら、仲良く団結して前進してまいりたい(大拍手)。

広布のために活動してくださる女性が、どれほど尊いか。
とくに婦人部は、家事や育児、家族の世話、仕事、近隣とのお付き合い、学校や地域のさまざまな活動など、本当に忙しい。その中を、広布のため、同志のために、一生懸命、頑張ってくださっている。
折伏、聖教の拡大など、あらゆる活動に、ほかのだれよりも真剣に取り組み、結果を出しているのは婦人部である。聖教新聞を配達してくださるのも、多くが婦人部の方々である。
男性の幹部は、そうした女性たちに、深々と最敬礼する思いで接していくのだ。
かりにも、婦人部や女子部を叱ったり、軽んじたりすることは、絶対にあってはならない。
未来のために、厳しく言っておきたい。
婦人部・女子部を根本的に大事にする。これが、学会の大原則である。

再び、中国の古典『貞観政要』に学びたい。
「平和な国家を作り出す根本は、ただ、立派な人材を得ることにある」(原田種成著『新釈漢文大系第95巻』明治書院。以下同じ)
唐の名君・太宗は、この信念で、天下に人材を求めた。
太宗は臣下に対して、「我の心配を助け、耳や目を広く開いて、すぐれて才知のある人物を捜し求めるべきである」と語っている。
太宗は、民を思い、国の将来を真剣に考えていた。しかし、その深き心を知り、主君の「耳」や「目」となって、人材を育成しようとする臣下は少なかった。
主君の命にもかかわらず、臣下たちは、全然、 人材を連れてこない。そのことを憂える太宗に、ある臣下は、こう言い訳した。
〝懸命に探していないわけではないのです。ただ、すぐれた人物が見当たらないのです〟と。
これに対し、太宗は言った。
「いつの時代でも賢才がないということがあろうか。ただ、(あたら有為の賢才がいるのにもかかわらず)それを取り遺して、知らないということを、いちばん心配するだけであるぞ」と。
どの時代にも、すぐれた人材は必ずいる。問題は、人材を見つける側にある。人材を育てる側にある。
責任感のない人間に、人材は見つけられない。自分中心の利己主義では、人材を育てられない。
「宝玉というものは、立派な素質があっても、石の間にあって、良工によって磨かれるということがなければ、瓦や小石と区別がない。もし、良工に出会って磨かれれば、万世までの宝物となる」 ── これも、この大指導者の言葉である。
初めから、完成された人材などいない。
ダイヤモンドは、磨かなければ、硬い石にすぎない。
〈ダイヤが美しい宝石として知られるようになったのは15世紀頃。ダイヤをダイヤで磨く方法が発見されてからと言われる〉
どんな人材も、初めは「原石」である。
人間を磨く最高の存在 ── それが「師匠」である。

名君・太宗は、一人一人の人材を何よりも大切にした。自ら動き、心を砕いて、臣下の労に報いた。
あるときは、戦った兵士たちが到着するのを、わざわざ門のやぐらに登って迎え、いたわり、ねぎらった。
一人の臣下が病気になって歩けなくなったと聞くと、そばに招き、どこが苦しいかを直接尋ね、医者に命じて治療させたという。
こうした振る舞いに接した人々は、深く感動し、喜んで太宗のために働こうと願った。
『貞観政要』には、〝誠意を尽くせば遠く隔った人も親密一体となり、傲慢になれば肉親さえも赤の他人となる〟とある。
人は本物の「誠意」に触れたとき、心を開く。策や要領で、心はつかめない。
太宗は、次の3点を努力して実行していたという。

一には「前代の(帝王の)失敗の事を手本として戒めとする」こと。
二には「善人を進め用いて、共に良い政治を完成」すること。
三には「多くの小人どもを退けて、讒言を聞き納れない」こと。
広布の指導者である皆さんは、この3点について、よくよく思索していただきたい。

リーダーは、確かな哲学を持たなければならない。
「哲学不在」は、日本社会の根本間題である。
私たちは、日蓮大聖人の仏法という、最高の生命哲学を学んでいる。幹部の皆さんは、毎日少しずつでも、真剣に教学を研鑚し、御書を心肝に染めていっていただきたい。
教学を学ぶ際に、〝ホシ〟を外してはならない。
戸田先生は、要点を忘れて枝葉の論議に走る教学を戒められ、四条金吾を例にあげて、こう語られた。
「きちっとした教学をしっかりと身につけていきなさい。中務三郎左衛門尉が一人であったか、二人であったかなどということは、戸田には何の関係もない。私の教学は、四条金吾がどのように信心をしていたか、大聖人が信心について、どのように教えられ戦われたか、という戦う教学だよ」
先生の教学は、どこまでも「実践の教学」であった。「師弟の教学」であり、「広宣流布の教学」であった。

『貞観政要』には、太宗が、各地方の民衆の暮らしを、どれほど真剣に考えていたかが記されている。
「我は、毎夜、いつも人民のことを考え、時には夜半になるまでも寝つかれないことがある」
この責任感こそ、指導者の条件である。
これこそまさに、戸田先生のご心境であった。そして先生の後を継いで、世界広布の全責任を担った私も同様である。
〝あの地域は大丈夫だろうか〟
〝あの人は、元気になっただろうか〟
〝あの地方に、どのような激励の手を打てばよいだろうか〟
〝未来を盤石にするために、今、何が必要だろうか〟
太宗の心も、そうした思いで、つねに占められていたに違いない。
この名君は、「地方」の指導者を重視した。
〝地方の指導者は、本当に国家の治乱(治まることと乱れること)に関係する重要な職責である。ゆえに、多くの臣下の中でも、最もそれにふさわしい良い人物を得なければならない〟という考えであった。
民衆と触れ合うことの少ない、位の高い指導者よりも、地域に密着し、人々の現実の生活に根差して働く地方の指導者が、どれほど大切か。
私が対談したドイツのヴァイツゼッカー大統領は、「公正な社会」を実現するうえでの、「地方」の重要性を、こう指摘している。
「市町村では隣人がどのような生活をしているかが分かるため、政治家はできもしない公約を並べることはできない。地方政治こそが民主主義を育てる学校と言える」(1999年5月7日付「毎日新聞」)
これは、すべての社会に当てはまる方程式ではないだろうか。
大統領は、「人生には妥協はつきものだが、政治家や年配者は情けない妥協をしてしまいがちだ。だが、若い人々は控えめにならず、どしどしものを言ってほしい」(同)とも語っている。
私は青年部に、「正義の声を上げよ! 庶民を愚弄する指導者の傲慢を許すな!」と、強く申し上げたい。

学会婦人部の草の根の平和行動に、未来への希望を感じている識者は多い。
中国・福建師範大学の鄭一書副学長は、真心こもるエールを送ってくださった。
「今日、創価学会婦人部は、世界の女性運動の先頭に立って、『平和の道』『文化の道』『教育の道』を邁進しておられます。まさしく、『女性の世紀』『人権の世紀』をリードする中核的存在であることは世界が認める事実であります」
婦人部・女子部の皆さまが広げている友情の連帯は、世界の平和につながっている。大いなる未来につながっている。
そのことを深く確信していただきたい(大拍手)。
〈福建師範大学は、2001年6月、池田名誉会長、香峯子夫人に、それぞれ「名誉教授」の称号を贈った。
先月のタイ国立メージョー大学「名誉管理学博士号」で、名誉会長が受けた名誉学術称号は、198に
これは、世界に比類なき栄誉である。
6月に「名誉人文学博士号」を贈った米・南イリノイ大学カーポンデール校のラリー・ピックマン教授は、名誉博士号の授与について、「この決定は単なる表彰ではなく、大学総長をはじめとするさまざまな大学関係者、さまざまな委員会が決定に関わり、厳密な審査を慎重に重ねました。しかしながら、議論に時間を割く必要はまったくありませんでした。池田会長の人類への貢献は、圧倒的であったからです」(「潮」8月号)と語っている〉

アメリカの人権運動の指導者・キング博士の母校であるモアハウス大学キング国際チャペルのカーター所長は、次のような声を寄せてくださった。
「世界中のSGIの皆さまとの交流を通して、私が一番感銘を受けたのは、どこの国であってもメンバーの方々が、楽観主義、積極的な行動主義の精神を貫き、行動されているということです」
「利潤追求が何より優先される現代社会ではありますが、SGIの皆さまのような行動こそ、我々が求め、世界に満ちあふれさせなければならない真の〝宝〟であります」
世界の識者は、私たちの前進に強く期待してくださっている。
全国、そして全世界のあの地この地で、広宣流布を目指し、信念に生きゆく創価の同志こそ、「世界の真の宝」なのである。
ますますの誇りに燃えて、勇敢に行動を起こそう! (大拍手)