投稿者:まなこ   投稿日:2015年 7月12日(日)01時12分16秒     通報
■ レニングラード市民の戦い

須田: ヴォロビヨヴァ博士との対話で先生が語ってくださった「レニングラードの戦い」でも、菩薩のごときドラマが、たくさん生まれたといいますが。
名誉会長: そう。九百日にわたるナチス・ドイツの包囲 —- この戦いで、百万人ともいわれる市民が亡くなりました。大半が餓死であった。
ある女性詩人は、夫の遺体を子どもの橇に乗せて、郊外のピスカリョフ墓地まで運んだ。他の死体の山と一緒に、置いてくるしかなかった。彼女が、疲労と空腹に耐えながら、休み休み道を歩いていると、同じようにシートや毛布でくるんだ遺体を橇で引く何人もの女性たちとすれちがったという。彼女は詠んだ。
「わたしにとって勝利など/本当にあるのでしょうか?/それがわたしにとってなんでしょう/わたしを放っといて/わたしに忘れさせて/わたしはひとりで生きますから —- 」(ソールズベリー著『攻防900日』大沢正訳。以下、包囲のエピソードは同書から)

遠藤: ピスカリョフ墓地には、池田先生も訪問されましたね。

名誉会長: 献花をし、心から追善の祈りを捧げました。墓碑銘の一節に、こうあった。「だれ一人忘れることはない なに一つ忘れることはない」レニングラードの歴史は、一人として代えることのできない“百万の人生”の重みをもって、私たちに呼びかけているのです。
“平和を!何としても平和を!”
“こんな不幸を、二度と繰り返してはならない!”と。
その声なき叫びを届けるために、私は世界をまわり、人々と会い、対話を続けています。

斉藤: そういうなかで、何がレニングラードの市民を支えたのでしょうか。

名誉会長: さまざまな見方はあるが、「ラジオ放送」の力が大きかったと言われている。

遠藤: 有線放送ですね。普通のラジオ受信機は、持っているだけでも死刑、とされていたそうです。

名誉会長: そう。人々は、食べ物もない、寒い部屋にじっとして、ラジオから流れる詩の朗読や演奏を楽しみにしていた。しかし、聴くほうも生きているのがやっとなら、放送するほうも息絶え絶えだったのです。
ある詩人は、朗読し終わった後、飢えのためにスタジオで倒れ、数日後に息を引きとった。ある歌手は、ステッキでやっと体を支えながらアリアを歌い、その夜、亡くなった。
放送局には、熊手に似たT字型の木組みが置かれていたが、それは、立っていられないほど衰弱した出演者を支えるためだったという。
放送局長は、懸命に出演者を励ました。
「何千とあるアパートのなかで、聴取者のみなさんがあなたの声を待っているのです」 電力不足で放送が中止された時には、「配給を減らされても我慢するから再開してほしい」という市民の声が寄せられたほどです。
なんとか、みんなを励ましたい。その命がけの「声」が、凍える市民の心に勇気の灯をともしたのです。
食糧も暖房も灯火も途絶え、そして、希望も失われた時に、人々の生命を支えたのは、魂に呼びかける「声」であり「言葉」だったのです。
人間は、胃袋だけが飢えるのではない。魂にも糧が必要なのです。

斉藤: 「本当の文化とは何か」を考えさせられますね。

名誉会長: 艦隊のなかでも、何千人もの水兵たちが、ドストエフスキーやトルストイを読んでいたという。
大事なエピソードがある。
レニングラードの作家たちは、この包囲の生活の様子を本に残そうと考えた。しかし、当局は認可しなかった。
だいぶたってから認可がおりたが、そのころにはすでに、作家の多くは死に、生き残た作家も衰弱しきって、仕事などできる状態ではなかったというのです。結局、計画は挫折した。
こうした様子を伝えながら、ソールズベリーは書いています。
「人びとは、自分が必要とされているのだ、という意識で、お互いに支え合っていた。
なにもすることがなくなつたとき、人びとは死に始めた。することがないのは空襲以上におそろしいことだった」(『攻防900日』大沢正訳)
認可が遅れたのは、当局のだれも、認可の責任をとりたがらなかったからだという。「官僚主義」が、作家たちの希望を奪い、生命を奪ったのです。
「民衆の心を知らない」ということが、いかに恐ろしいことか。学会のリーダーも、心の底から自覚しなければならない。
ともあれ、“あの人のために頑張ろう”“みんなのために歌おう”。“後世のために書こう”その心が、自分を支え、互いを支えたのです。人のために働くなかに「真実の自分」が輝く。
「生命の底力」が湧いてくる。それが「人間」です。法華経が教えているのも、その生き方なのです。
さあ、五百弟子受記品(第八章。以下、五百弟子品と略)と授学無学人記品(第九章。以下、人記品と略)。
いよいよ法華経の前半(迹門)の中心テーマ「開三顕一(三乗を開いて一仏乗を顕す)」の締めくくりだね。