昭和54年問題再考004補足01   投稿者:The logic in the place    投稿日:2015年 7月10日(金)16時32分43秒     通報
「御法主日顕上人御指南」については、よく読むと昭和55年7月時点でかなり宗内が混乱していたことが分かります。特に16ページ「模刻御本尊」については、現在の様々なブログ(反学会)で延々と今もって書き込みしているところですので、よく読んでください。また31ページ「お題目の商標登録」については分かりやすい資料です。商標登録というのは、何も権利を売買するためだけの下世話なことではなく、悪質な行為を抑止するための目的がある視点を理解してください。今もってくだらない議論する檀徒(昭和法華講やら平成法華講?)はこの一冊で叩きましょう。
ただし、日蓮世界宗なんていう誰も、考えも、予断も、していなかった名称を商標登録するのは、それを使用するための下準備であったということになりますね(笑)。

私の記憶では、男子部移行して昭和59年の4月に転居した札幌市白石区南郷本部(今は分区して名称はないでしょうが)では、昭和56年時点で一支部全世帯(100世帯以上)が脱会して聖教配達区域の空白がありました。理由は、学会内部の不信(弓T川みたいな者が本部幹部であったため)が原因で、同区の行足寺(後に正信会へ移行して破門)へ学会員が大量流入していました。それだけ、あの時代は大変だったのです。はっきり言っておきますが、脱会・退転していった者がよく口にする「池田に騙された」とか「池田は信用できない」とか「池田は女狂い」と言った讒言の大半は不信を抱かせた今も学会に巣食う学会幹部に原因があるということです。だから、「師匠を守れ」という言に戻ることになります。弟子の行体が師匠をダメにするという譬えです。