投稿者:虹と創価家族  投稿日:2014年12月26日(金)09時48分0秒    通報
「嵐の4・24」に下記のようにあり、54年の亡霊とも言える最高幹部には都合が悪い部分が多い。

きちんと事実を書くなら、先生を辞任に追い込んだ最高幹部を書き残すことになります。

当時の最高幹部の実名が、聖教新聞の昭和54年4月25日「総務会」と29日「お目通り」に掲載されている。

事実がこれだけ明確になっています。

人間革命で54年問題を書くとしたら「宗門と退転・反逆者の策略」までのような気がします。

 

まずは54年問題を現場会員が深く知ることが第一歩。

なぜ先生は「辞任させられた」と、後年になりおっしゃったのか?

先生と創価学会のどちらかを選ぶなら、どちらを選択すべきなのか?
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ある日、最高幹部たちに、私は聞いた。
「私が辞めれば、事態は収まるんだな」
沈痛な空気が流れた。
やがて、誰かが口を開いた。
「時の流れは逆らえません」

沈黙が凍りついた。
わが胸に、痛みが走った。
――たとえ皆が反対しても、自分が頭を下げて混乱が収まるのなら、それでいい。
実際、私の会長辞任は、避けられないことかもしれない。
また、激しい攻防戦のなかで、皆が神経をすり減らして、必死に戦ってきたこともわかっている。
しかし、時流とはなんだ!
問題は、その奥底の微妙な一念ではないか。
そこには、学会を死守しようという闘魂も、いかなる時代になっても、私とともに戦おうという気概も感じられなかった。
宗門は、学会の宗教法人を解散させるという魂胆をもって、戦いを挑んできた。それを推進したのは、あの悪名高き弁護士たちである。
それを知ってか知らずか、幹部たちは、宗門と退転・反逆者の策略に、完全に虜になってしまったのである。
情けなく、また、私はあきれ果てた。

戸田会長は、遺言された。
「第三代会長を守れ! 絶対に一生涯守れ! そうすれば、必ず広宣流布できる」と。
この恩師の精神を、学会幹部は忘れてしまったのか。なんと哀れな敗北者の姿よ。
ただ状況に押し流されてしまうのなら、一体、学会精神は、どこにあるのか!