投稿者:河内平野  投稿日:2014年11月15日(土)16時08分37秒    通報
アキノ氏の暗殺は、腐敗した独裁政治に対する国民の批判を一気に高めた。
そして、夫の後継者として《未完の理想》の実現へ立ち上がった彼女は、政治の舞台に押し出されることになる。

もとより《政治のプロ》ではない。
《普通の主婦》からの転身である。
演説も決してたくみではない。
派手なスタンドプレーもない。

しかし、何より誠実だった。
ウソがなかった。
真剣だった。
日を重ねるごとに、民衆の支持と信頼は膨れ上がった。

夫人は、大統領選への出馬を決意する。
政治家でも何でもない平凡な主婦が、マルコスに勝つ。
そのことが、夫の遺志の最高の証になる、と。

「誠実を貫き通せば、何ごとをも成し遂げられるでしょう。そして人々を恐怖から解放することもできるはずです」――。

一九八五年暮れ、全世界の注目のなか、フィリピン世論を二分しての大統領選挙が始まる。
熾烈な選挙戦をとおして、《アキノ支持》の民衆の間に二つのシンボルが定着している。

一つは親指と人さし指でつくる「Lサイン」。これは、
「ラバン(闘い)」の頭文字を取ったもので、独裁政治に対する《民衆闘争》の象徴となった。

また、もう一つはシンボルカラーの《黄色》である。
これは、アキノ氏が空港で暗殺された後、彼を敬慕する人たちが
《樫の古木に黄色いリボンをつけて囚人の帰郷を祝う》というフィリピンの古歌にちなみ、彼のシンボルカラーとして取り入れたもの。
夫人は、それを受け継いだのである。

激戦は、夫人をたくましく鍛え上げていった。
歴代の大統領候補のなかでも、もっともキメ細かに全国を駆け巡った。

夫人は、しばしば夫に思いを馳せつつ演説した。
「デモステネス(=古代ギリシャの哲学者)がオリンピアで行った演説の中の言葉を、
ニノイは確信しているはずです。デモステネスは、こう示唆しました――良き人々が共に働くとき、邪悪は潰えるであろう」

またある時は、夫の印象的な言葉を引いた。
「不正、虚偽、反逆のもとに永続的な力などあるはずがない」
「人間は言葉ではなく、態度という模範にしたがうのです」

まさに、今は亡き夫と手を携えての《夫婦一体》の戦いであった。
心は、いつも一緒であった。生死を超えた《戦友》であった。

やがて、国民の審判がおりる。
国民からも、世界からも見放され、側近にも反旗を翻され、追いつめられたマルコス一家は国外脱出。

アキノ氏の言葉どおり、独裁者の栄華に、悲劇の終幕が訪れた。

【第四十一回本部幹部会 平成三年四月二十五日(全集七十七巻)】