投稿者:河内平野  投稿日:2014年11月 8日(土)06時40分36秒
「私が子どもに会わせてあげるよ!」。
ジャン・バルジャンは、彼女を保護し、宿屋夫婦に三百フランを送った。
「病身の母のために、すぐに子どもを連れてくるように」と手紙をつけた。

ファンチーヌにも、やっと春が来たかに見えた。
しかし、この無私の善意も、悪人たちには《新たな金づる》にすぎなかった。

「こうなったら、いよいよ子どもを放すもんか」。
なんだかんだと屁理屈をつけて、「金をもっと」「もっと送金を」と要求した。

腐敗しきった人間の怖さ。
あくどさ。断じて甘く考えてはならない。

彼らは《お人好しだな》と見ると、骨までしゃぶりつくそうとする。
この間に、母の病気は手遅れになっていった。
ジャン・バルジャンの身にも、執拗な官憲の手が伸び始めていた。
身動きがとれない。

ファンチーヌは、重病の床から、娘の名を呼び続けた。
「コゼットに会いたい!」
「ああ、一目だけでも! 会いたい! 会いたい! 会いたい!」
――叫びはむなしく、彼女に無情の死が訪れた。

あまりにも悲惨な人生であった。
懸命に生きたにもかかわらず、だまされ、ワナにはめられたがゆえに、不幸のどん底に落ちた。
敗北の人生であった。

ジャン・バルジャンは、「せめて娘だけでも救おう」と決心する。
渾身の力で、わが身を縛る権力の綱を断ち切り、あらゆる障害を越えて、コゼットを救出。

青ざめた《ひばり娘》は、この優しい養父の手によって、だんだんと幸福の人生を歩んでいくが、これは後日の話となる。
(コゼットは、やがて理想家の青年マリウスとともに、革命に身を投じていく。母のような不幸な人をつくらない社会を夢見て――)

「娘のために」。ただ、そのために、母はわが身をすり減らして金を送った。
しかし、全部、横領され、食いものにされた。

《彼女のような、かわいそうな犠牲者を出してはならない。
すべての母よ、すべての子らよ、幸福に生きよ!》――ユゴーは、こう訴えたのである。

そのために《民衆よ強くなれ! 民衆よ賢くなれ! 民衆よ立て!》と、彼は心で絶叫した。
私どももまた、同じ叫びをあげる。

 

【第三十九回本部幹部会・第十六回全国婦人部幹部会・第一回関西代表幹部会 平成三年三月四日(全集七十六巻)】