投稿者:河内平野  投稿日:2014年11月 8日(土)06時38分26秒

 
そのうち、夫婦のほうから、養育費の値上げを言いだしてきた。
「七フランじゃ、今時、やっていけませんよ!」と。

母は、娘が元気だと信じて、毎月、十二フランを送り始める。
苦しかった。毎日が綱渡りのようであった。

そのうえ、送金は、やがて十五フランに――。
娘への思いだけで、歯を食いしばって生きた。
その大切なコゼットは、なんと五歳になる前に、この宿屋の《女中》にさせられていた。

使い走り、掃除、皿洗い。幼い体で荷物運びまでさせられた。
真冬にも、穴のあいた古いぼろ着しか与えられず、寒さにふるえるしかなかった。
やせて青ざめた少女は、日の出前から外で働かされた。
ほとんど裸足のまま、くる日もくる日も――。

これを見た人々は、「ひばり娘」と呼んで、鳥のように小さな体で働き続ける少女をからかった。
一方、母は、町工場で一生懸命、働いていた。
「娘のために」――。

その娘に会いに行く旅費さえも、彼女にはなかった。
値上げされた養育費をかせがなくてはならない。
しかし、じつは《養育費》でも何でもなかった。

全部それは、悪人たちの私腹を肥やしていただけだった。
そして、ファンチーヌの身に、たいへんなことが起きる。工場をクビになったのだ。

《隠し子がいる悪い女だ》という、心ないうわさのせいだった。
金髪と白い歯を持つ彼女の美しさを嫉妬する女たちの仕業だった。
彼女は絶望した。

給金がなくなる! コゼットはどうなるのか――。
文字どおり、爪に火をともすような生活。
わずかな日銭をお針子の仕事でためた。

自分は食べるものも食べず、娘のためにと金を送った。
だんだん借金が増えていった。
悪い夫婦は手紙をよこす。

「この寒さに、あんたの娘は着るものがない。十フラン送れ」「どこにそんなお金が?」
――ファンチーヌは途方に暮れた。

ふるえる手で、手紙を一日中、握りしめていた。
翌日、彼女のあの《黄金の髪》はなくなっていた。
金髪を売って、十フランを工面したのである。

また手紙がくる。
「コゼットが病気だ。薬代四十フランをすぐ送れ!」。もちろん、うそだった。
しかし彼女は信じた。疑ったとしても、こうなっては出さざるをえない。

彼女の《命》(コゼット)は、彼らの掌中にあるのだ。
彼女は、二本の前歯を売った。
美しかった口もとには、黒い穴がぽっかりと《絶望》のようにあいていた。

また手紙がきた。
「娘は大病から治りかけで、大事なところだ。今すぐ百フラン送れ! さもなくば、娘を街頭に放り出すぞ!」

【第三十九回本部幹部会・第十六回全国婦人部幹部会・第一回関西代表幹部会 平成三年三月四日(全集七十六巻)】