投稿者:まなこ 投稿日:2017年 8月16日(水)08時32分42秒   通報
【池田】 現在の世界をみると、穏当な警察力をもってしては、善と正義を守るのにとても間に合わないでしょう。この点、現実が、いかに理想から程遠いものであるかと痛感せざるをえません。私は、世界警察軍が現在も必要であり、将来にわたって必要とされることについては、もちろん同感です。しかし、それはそれとして、軍備という面のみを取り上げれば、これを極度に規制することが必要です。現実問題として、せめて核兵器だけでも廃棄するよう、真剣な努力が払われるべきだと思います。
第二次世界大戦で日本の広島、長崎に投下された原爆は、恐ろしい爪跡を残していますが、現在ではさらに、それとは比較にならないほど強力な破壊力をもつ水爆が開発されています。その運搬も、航空機だけでなく、大陸間弾道弾によってなされ、さらに海面下の潜水艦から発射されることも可能になりました。こうして、現在の世界は、ボタン一つで、一瞬のうちに破滅してしまうかもしれない状況にあるわけです。
このような時代に生きているわれわれは、何よりもまず、いかなる国にも核兵器の製造、保有、使用を許さないという、強い決意をもつべきだと信じます。さもなければ、人類は絶滅してしまうでしょう。あるいはまた、次の世代の人々に、恐るべき厄介な遺産を残すことになってしまいます。文明と社会がいかに高度に発達したとしても、大量の核兵器が配備されている現状が続くかぎり、人間は決してその高度の発達を誇ることはできないと思います。
核兵器の破壊力がいかに恐るべきものであるか、放射能がいかに根強く生命をむしばんでいくかは、広島、長崎の被爆者の体験が明白に示しています。われわれは、この偽りのない実態を世界中の人々に認識してほしいと思います。

【トインビー】 たしかに、世界政府の創設を待つまでもなく、現存する各地方主権政府に対しては、その国民が強く働きかけて、少なくとも五つの地方政府がすでに保有している核兵器をすべて廃棄させ、今後も二度と核武装をしないよう保障させるべきです。私はまた、未来の世界政府は、自ら核兵器の保有を拒否すべきであり、この自ら課した拒否権を、世界政府憲法の基本条項の一つとすべきことを強調しておきたいのです。
核兵器の性質そのものからいっても、またその使用法の性格からいっても、交戦国の相互絶滅という気違いじみた目的以外には、核兵器を戦争に使用することは不可能です。しかも、この兵器に本来備わる無差別的殺戮性からみて、警察業務にはとくに使用できません。たとえば、南部アフリカの白人、北アイルランドの新教徒、イスラエルのアラブ領土占領軍などを、核兵器で鎮圧することはできないでしょう。もちろん、核兵器によって彼らを全滅させることはできるでしょうが、しかし、それは多くの場合、はるかに多数の被圧迫民をも同時に全滅させてしまうでしょう。この場合、行動の目的がこれら被圧迫民の解放にあるのですから、核兵器の使用によってこの目的を達成しようとすれば、そのどんな試みも、すべて自滅を招く幻想でしかなくなってしまいます。
地方の既成特権階級の鎮圧にあたる警察軍が武装を必要とするかぎり、その装備はいわゆる通常兵器に限るべきであり、それも、殺人兵器を用いて法の施行を妨げようとする暴徒を、最小限の殺傷数で鎮圧できる型の兵器でなければなりません。法の施行にあたる警察軍は、できうるかぎり、非致死性の兵器を使用すべきです。たとえば、打撲傷は負わせても裂傷には至らないゴム弾とか、一時的な活動不能に陥らせるだけで永続的な有毒作用をもたないガスとか、あるいは衣類や皮膚に付着するとしばらく消えない、有色塗料などを使うべきでしょう。有色塗料を散布すれば、これによって暴徒が識別でき、暴徒としては逮捕・有罪判定から容易に逃れられなくなるわけです。
今日まで科学技術は、戦争行為をより殺傷的なもの、より破壊的なものにするための武器の考案・使用に、応用されてきました。われわれは今後も、科学技術を組織化された物理的な力の利用にあてていかなければなりませんが、その目的は正反対のものへ転向させるべきです。われわれは、世界政府の警察軍と、世界政府を忠実に支援する地方警察軍とが、合法的な公的機関の命令を実施するにあたって、暴力的な反抗者への加害を――そして、とりわけ罪のない通行人とか、家畜、作物、貴重な物的財産などへの被害を――最小限に食い止められるような武器を考案しなければなりません。

【池田】 死と破壊のための武器でなく、死も破壊ももたらさず、しかも相手の攻撃力を奪ってしまうような武器を開発すべきだという博士の御発言は、非常に示唆に富んでいます。もしそこに目標を向ければ、科学者の英知は、必ずそうした条件を満たしうる武器を開発できるはずだと思います。しかし、科学者もそうですが、私は、何よりも政治家が、ここに大きな発想の転換をしてほしいと思います。