投稿者:まなこ 投稿日:2017年 8月10日(木)07時56分47秒   通報
【トインビー】 各国を他国との紛争に巻き込むものが、常にただいま述べられた集団安全保障形式の国家間提携だけに限られないことは、いうまでもありません。仮にレバノンのような悲劇的なケースを例にとりますと、レバノンは、その人口構成と地理上の位置から、ほとんど不可避といえるほど隣国イスラエルの交戦に巻き込まれやすいのです。レバノンは小さな国ですが、アラブ諸国のなかでは抜きんでて、最も近代的かつ進歩的な国柄です。かつてはまったくといってよいほどのキリスト教国でしたが、第一次世界大戦後、フランスが現在のレバノンとシリアにあたるトルコ領を領有したさい、数多くのイスラム教徒人口を接収しました。さらに、大きなイスラム圏領土をこれに加えて、レバノン共和国の国土は二倍に拡大されていきました。
今日、レバノンの人口にキリスト教徒とイスムラ教徒が占める割合いは、ほぼ同じです。ただし、この両者を比べると、概してキリスト教徒のほうが裕福で、有能です。そんなことから、当然のことながらイスラム教徒はキリスト教徒の支配下におかれることを潔しとせず、アラブ・ゲリラに共鳴しています。このことは、つまり、イスラエル対レバノンの問題が、ここではイスラム教徒とキリスト教徒との間の、国内問題という形をとっていることを意味します。こうした事態によって、レバノンはまさに内戦寸前の状況になっているわけです。レバノン自体としてはきわめて注意深く振舞っていますが、レバノンを根拠地として作戦を展開するアラブ・ゲリラや、またゲリラヘの報復としてレバノンを襲撃するイスラエル人を、制止することができずにいます。これがレバノンの悲劇です。しかも、その責任はレバノン自身にあるわけではないのです。

【池田】 いまあげられたレバノンのような場合が、最もむずかしい問題をはらんでいると思います。つまり、自国のなかに解決困難な分裂があり、互いに争っている場合、それが国際社会における抗争と結びつき、国全体が戦争に巻き込まれてしまう恐れがあるわけです。
これを防ぐには、私は、国内の相争う勢力が、あくまでフェアにプレーできるようにすることだと思います。いいかえると、自国内だけで、自力で堂々と争えば効果があるという状況が必要だということです。ところが、もしそれが効果がないとなり、絶望感に陥ると、国外の勢力の支援を借りてでも力をかちとろうとします。それが結局、自国の安全を脅かすことになってしまうわけです。

【トインビー】 ただいま、二つの大変重要な点にふれられましたね。フェア・プレーないしは社会正義ということ、そして絶望感というものについて、もう少し敷衍して述べてみたいと思います。
もし、ある民族の社会正義を奪い去ることによって、彼らを絶望へと追いやるならば、それはきわめて邪悪な行為です。ところが、パレスチナ・ゲリラの場合がこれにあたるのです。一九一七年のバルフォア宣言以来というもの、世界中が、土着のパレスチナ民族をとるに足らない人間として、消耗品として、なんの値打ちもない人々として扱ってきました。しかし、彼らパレスチナ人もあくまで人間です。彼らは――ベトナム人の場合と同じく――この処遇を怒り、ゲリラ戦やテロ行為などの無分別な手段に訴えることによって、その怒りを表現しています。もちろん、こうした方策に出るのは、彼らのなかでも少数の者にすぎません。しかし、たとえそれが少数の人々であっても、やはりこのケースは、絶望感が暴力を爆発させるという、さきほどの問題点をよく物語るものです。
これに似たケースはほかにも世界各地でみられ、一民族が他の民族を迫害したり、不当に扱ったりしてきました。ウーンデッドニーのアメリカ・インディアンや、ローデシアの黒人ゲリラなどがこれにあたります。この問題への答えは簡単です。アメリカ・インディアンに対しても、パレスチナ人に対しても、ローデシアの黒人に対しても、すべて公正に処遇してやることです。そうすれば、もはやウーンデッドニーの惨事とか、ゲリラの違法行為とか、そして違法という点ではそれ自体犯罪行為であるイスラエルの報復などで、世界の人々が苦しむ必要はなくなるわけです。

【池田】 まさにおっしゃる通りです。一国の主権者に要求される不可欠の要件の一つは、その権力のもとにある民衆を平等に遇すること、平等の権利、平等の機会を与えることです。それは、政治の最も基本的な条件であると同時に、現代においては民衆の幸福のため、ひいては世界平和のためにも、最も強く求められることです。
ところで、話を代理戦争の問題に戻したいと思いますが、第二次大戦以降、朝鮮戦争にせよ、ベトナム戦争にせよ、いわゆる“代理戦争”はなぜアジアを舞台に行なわれてきたか――博士はこの点をどうお考えになりますか。

【トインビー】 中東や朝鮮や東南アジアに戦火が絶えなかった理由は、これらの諸地域でなら、アメリカは、ソ連や中国の介入という、重大な危険を冒さずに戦うことができるからです。
アフリカの黒人諸国は、まだ弱小すぎて戦争をするだけの力がありませんし、南米諸国はあまりに分裂しており、しかもアメリカの支配力が強大すぎます。ヨーロッパはといえば、米ソ両国が確固たる友好関係を結んでいないかぎり、戦争をするにはあまりに危険な場所なのです。