投稿者:まなこ 投稿日:2017年 6月28日(水)08時31分52秒   通報
【トインビー】 ニヒリズムやアナーキズムは、組織運営がうまくいかないことに対する第一の反発だと思います。たとえば、今日の“怒れる若者たち”やヒッピー族などは、最大限の利益をめざす競争的私企業による経済体制の失敗に対して、抗議しているわけです。こうした、ある体制への怒りの反応というものは、抗議のゼスチュアが向けられた組織の崩壊を早めるだけにとどまります。しかし、次にくる第二の反動として、急進的な独裁政権が出現することが考えられるのです。

【池田】 私も、それを最も危惧しております。ところで、現代の組織が内包するそうした矛盾に対しては、さまざまな改革の試みがなされています。ある人は、自らの組織の内面から積極的な改革策を講じ、またある人は、これまでのように組織に依存するのではなく、個々人の主体性に基づく共同体的な運動形態をとろうとしています。しかし、この現代の矛盾を是正するカギは、決して技術的な試みのなかにはないと私は考えます。この矛盾は、一つの社会体制や機構を改革したくらいで、ただちに解決できるものではありません。
私は、まず人間が、自らの行動の基準となっている価値観自体を、再検討することから始めなければならないと思うのです。つまり、現代の人間にとって、最も普遍的な価値をもつ生き方は何か、ということの再考察です。
その原点に立ったうえで、そこから一つ一つ、現実のわれわれの生活態度や行動を再点検し改めていかなければならないでしょう。この普遍的な価値観をまず確立して、その次に、それを実現するにはどういう組織、体制が望ましいかを検討すべきだと思います。この点、私の抱く現代文明社会改革の基本構想は、まず現代における哲学、宗教の確立、次にそれを基盤にした意識革命――その根底は人間性自体の革命――であり、その次に組織や社会の変革という順序になります。

【トインビー】 私も、現代社会の病根を治すには、人間の心の内面からの精神革命による以外にないと考えます。社会的病弊は、組織の変革によって治癒できるものではありません。
そうした試みはすべて皮相的なものであり、結局は組織を全面的に拒否するか、または一つの組織を別の組織にすげ替えるかの、いずれかになってしまいます。効果ある唯一の治癒法とは、あくまで精神的なものです。社会のどんな組織や制度も、すべて何らかの哲学や宗教を基盤としており、そうした精神的基盤のいかんによって、組織は善にも悪にもなるものです。
したがって、人類が新たな精神的基盤を必要としているという御意見には、私も賛成です。何らかの新たな基盤が見いだされ、それによって現代社会の病根が治癒されるとすれば、その新たな、より優れた精神的基盤の上に、新しい、より満足すべき形の社会を建設することができるでしょう。それ以外に、この病根を癒やす可能性は見当たりません。

【池田】 そこに必要とされる精神的基盤とは、あくまで各個人がもつさまざまな価値観を、すべて包括的に満足させられるものでなければならないでしょう。
人間がもつべき価値観は、決して偏狭なものであってはなりません。一個人、一集団、一民族、一国家、一イデオロギーの利益や欲求を満足させればよいという、極端な利己主義は当然排除されるべきです。偏狭な価値観が、過去においていかに矛盾と不合理に満ちた社会を形成したか――このために起こった悲劇を、人類は幾多体験しているからです。 二十世紀後半から二十一世紀にかけて、人類がもたなければならない価値観とは、少なくともそのような個別的なものではなく、普遍的なものでなければならないと思います。人間はどう生きるべきかという問題は、決して一つの社会の通念や常識の枠内でではなく、人類社会と全地球的自然と、さらには宇宙との関連性においてとらえられなければなりません。なぜなら、人間の存在は、たんに一国家を基盤にした社会的存在ではなく、人類社会、全地球的自然、さらには宇宙全体と連鎖的な関係にある生命的存在であるからです。

【トインビー】 まさにおっしゃる通りです。