投稿者:まなこ 投稿日:2017年 6月22日(木)08時53分50秒   通報
【トインビー】 これは将来を考えるうえでももちろん大事な点です。しかし、今日の時点で、すでに非常に重要になっています。不幸なことに、今日のイギリスには再び階級闘争が起こっています。しかし、これに参加している各階級の階級間区分線は、新しいものです。
産業設備がきわめて高価になっている今日、ストライキがもたらす生産ストップは、産業労働力の雇用者側にとっては破滅的なものとなります。そのため、雇用者としては、労働者の賃上げ要求には譲歩しがちであり、その代わりに自社製品の消費者価格を釣り上げることによって、損失を埋め合わそうとする傾向があります。
今日のイギリスの階級闘争は、二つのグループの間で争われています。すなわち、一方のグループは、社会にとって不可欠の仕事に従事して、より高い賃金を得るか、あるいは生活必需品の消費者価格を釣り上げるかによって増収を図る力をもつ人々であり、もう一方は、そのいずれの手段を講じる力ももたない人々です。このうち、前者の階級には、産業労働力の雇用者と被雇用者がともに含まれています。
もちろん、名目賃金や物価の上昇というものは、いくぶん幻影的なものです。名目賃金・物価の上昇と生産の増加との間には時間のずれがあり、その間、貨幣価値そのものは下落しているからです。にもかかわらず、産業経営者や組合労働者たちは、名目賃金や物価を絶えず引き上げることによってインフレを埋め合わせることができます。これに対して、社会の他の人々は、たとえ貨幣価値が下落してもそうすることができず、決まった収入でやりくりしていかざるをえません。こうして、実質的には、賃金を増大できる人々や、製品の価格引き上げを要求できる人々は、そうでない人々からかすめ取っていることになります。
私は日本にもこれと同じような事態が生じていると思いますが、もしそうでないとしたらそれは私にとって驚きです。日本では、雇用者と労働者が、イギリスの場合よりもずっとよく協力し合っているからです。いいかえれば、もし日本の経営者と労働者が、消費者を踏みつけることなしにそうした協調関係を保っているとしたら、それこそ私にとっては驚きなのです。

【池田】 残念ながら、御指摘のようなことは日本でも最近、とくにこの十年間、顕著にみられる傾向です。
ほんの一例をあげても、たとえば鉄道輸送機関は庶民にとって欠かすことのできない“足”ですが、賃上げ要求の紛争によってしばしばマヒ状態に陥ります。その結果、賃上げが認められると、今度は事業の赤字を埋めるため輸送費の値上げが行なわれ、庶民は二重に苦しめられるわけです。そんなことが毎年のように繰り返されているのが実情なのです。

【トインビー】 まことに不当なことですね。ただし皮肉なことに、賃上げ要求というものは、時として、その要求者自身にも損害を与えるものです。
賃金や価格を頻繁に引き上げると、その企業は他のライバル産業との競争において対抗しきれなくなってしまいます。たとえば、現在のイギリスでも、賃金.価格の上昇にともなって、失業者の数がふくれあがり、破産者も増加しつつあります。それでも、これまでのところ、こうした雇用状況の悪化も、まだ基幹産業の労働者たちに、彼らがその相変わらず駆け引きに強い立場をフルに利用するのを、思いとどまらすところまではいっていません。

【池田】 そのように、労働運動のあり方が一つの歴史的・社会的試練に直面している現在、われわれはこれを根本的に再検討する必要があるわけです。
そこで私が思うことは、かつて労働運動が起こった本来の動機と目的は、もちろん労働者の権利の保証と労働条件の改善にあったわけですが、なおこれに加えて、人間が生きていくうえでの諸権利の要求や、人間の生存を脅かす社会の病弊に対する抗議なども、新しい目標となりうるということです。これは基本的には、欲望の追求を優先した運動から、もっと本源的な人間防衛の運動の展開ということになりましょう。ただし、もちろんそれによって労働運動の本来の目的が忘れ去られ、現実から遊離した運動になってしまってはなりませんが――。