投稿者:まなこ 投稿日:2017年 6月17日(土)08時34分47秒   通報
【トインビー】 人間は、報酬が得られ、仕事に見合う地位が与えられるなら、よい仕事をしようという気持ちになるものです。自由企業の経済体制下にあっては――残念なことですが――主要な身分の象徴は賃金です。したがって、私は次のような提案をしたいのです。すなわち、母親には、他の教育者と同様、給料を支払うべきであり、その給料も高額でなければならず、しかもそれは直接母親に支払うべきであるということです。そうすれば、彼女らは夫の収入とは別に自分で得た収入が手に入ることになります。
ところで、母親に給料が支払われることになれば、その費用として社会全体の賃金総額のなかから、かなりの額が要求されることになるでしょう。そして、その費用を捻出するためには、これまで男性に割り当てられていた賃金額を相当削減しなければならなくなるでしょう。今日の社会で、このように女性に有利なように社会の総収入を男女間で再配分することは、女性の社会的地位の向上につながることでしょう。

【池田】 非常にすばらしい、また道理に合ったお考えであると思います。そのようにすれば、育児のために自分が犠牲にさせられているという女性の不満もなくなることでしょうし、男性としても、また社会全体としても、育児ということがいかに大変なことであるかを十分に認識せざるをえなくなるでしょう。
これまで、人間社会にあって、とくに男性本位の社会にあっては、育児を女性の当然の本能的な仕事であるとして、この仕事に正しく報いることを無視しすぎてきたと思います。一部の女性が、育児を女なるがゆえに課せられた苦役であるとして、それからの解放を叫んでいるのも、このためといえます。

【トインビー】 女性のなかには、母親になるよりも他に職業の天分があり、それをどうしても生かしたいという気持ちが強いため、一生の実働時間のすべてをその職業に捧げ、そのために母親たることをあきらめようとする人もいます。最近までは、女性の職業として尊敬されるものはといえば、母親となることを除けば、ほとんど宗教だけに分野が限られていました。過去の典型的な職業婦人は、仏教やキリスト教の尼僧でした。ただし、尼僧のなかには、育児や教育を専門の職業としていた人もいました。これら二つの職業は、最終的には一般の女性にも開放されたわけです。そして、いまも人々の記憶にあるごく最近になって――主として二度の世界大戦中に男性の労働力が民間の職業から引き抜かれたことと、近年、肉体労働が機械化されたことによって――かつては男性の領域だったほとんどすべての職業に、女性が進出できるようになったわけです。

【池田】 女性は、母親であり妻である前に一個の人間でなければならない、というのが私の考えです。しかし、一個の人間であるから母や妻として家庭に拘束されるのを嫌うというのは、女性解放の真実の意味をはき違えているといわざるをえません。もちろん、尼僧など宗教関係者のほかにも、生涯家庭をもたず、職業婦人として生きる女性も少なくありませんが、そうした女性たちの諸権利が守られなければならないのは当然のことです。

【トインビー】 私の意見では、結婚をあきらめて、母親になるよりもフルタイムの職業に従事して一生の実働時間を過ごそうとするような女性にも、男性と平等の条件で職業生活を送れる十分な機会が与えられないかぎり、女性の権利としての女性解放は完全とはいえません。しかし、女性でありながら母親の地位を断念することは、たとえよくよく考えた末のことであっても、女性の大切な能力の発揮をやめたということで、その人は心理的に悩むことでしょう。これは、逆に、ある女性が他の何らかの職業に非常に強い使命感をもっている場合、たとえ母親となって母性能力を十分に発揮したとしても、なお多少の挫折感を味わうかもしれないのとまったく同じです。
この二つを比べると、私は、概して後者の挫折感のほうが、母親になるのをあきらめることで悩む欲求不満よりも、女性としては心理的なダメージが小さいだろうと感じます。私は、これに対する最も円満な解決策は、女性が母親であると同時に、実働時間の一部をさいて何か別の職業に従事できるよう、世の中の仕事を再調整することだろうと思います。
いずれにしても、女性が母親として社会に奉仕する存在であるかぎり、女性には、母親という重要な職業に値するだけの高い地位と高い給料とをどうしても与えなければならない、と私は感じます。母親の地位の高さは、たとえば、少なくとも大学教授とか、治安判事とか、パイロットなどと同じであるべきです。また、彼女の給料もそれに相当する額でなければなりません。
子供にとっては、母親の愛情と世話は、心理的に欠かせないものです。いまや、女性には母親となる以外にも、それに代わる多くの職業があるわけですから、社会は、自然のうちに今後も良い母親がたくさん出てくるだろうなどと、安閑としてはいられなくなります。したがって、社会としては、良い母親をつくるために、男性には生理的に不可能なこの母親業という職業を、女性にとって大いに魅力あるものにしていくべきです。母親業は、大いに名誉な、報酬の多い職業にしていかなければなりません。