投稿者:大仏のグリグリのとこ 投稿日:2015年 2月 1日(日)23時43分20秒  

また、大石寺・日淳も
「よく先生(牧口のこと)は『真・善・美』に於いて『真』は相待の世界にをかず
『善』と『美』とをそれにをいて、絶待の『真(日蓮仏法のこと)』
より絶待の『善』を見て大善と称し、
此れを大善生活と殆んど口ぐせの様に言ってをられました」
(「価値創造」<再刊>第十一号、昭和二十二年十一月一日)と述べています。

つまり、価値論は仏法理解の手段であると同時に、
仏法が価値論の完成の根底ともなっているという関係です。

これは、一般的には「科学と宗教の関係」と「宗教と道徳の関係」という
問題になるわけですが、牧口先生はそれを価値論を通して解釈していったのです。

それでは「価値論」の内容を見ていきましょう。

まず初めに確認したいことは、戸田先生は『価値論・補訂再版の序』で

「恩師牧口常三郎先生が獄中に逝いて既に十年、来る十一月十八日をもって
十周年を迎えることとなった。
先生の御一生を通じて特に先生の偉大な御功績の思想的な背景となったものは、
実に此の価値論である。

・・・・先生は広くこれを問うために、創価教育学体系の出版に着手されたのであったが、
・・・・世界の哲学界が、先生の学説を理解するためには先生の没後三十年はかかるであろうと申し上げたことがあった。

これを聞かれた先生は多少御不満のようであったが、事実はその通りになろうとしている。
今ここに、先生の十周忌を期して、先生の価値論を校正増補し、
世界の学界に問わんとするものである。

但し先生の御出発は教育学にあり、価値論の著述に当たられた当時もこの面に重点があった。
然し晩年には生活指導法の原理として価値論をお説きになっている。
今余はこれを承継して世に問うものである」(価値論 第三文明社 昭和五十四年発行)と述べています。

つまり、戸田先生も牧口先生の「生活指導法の原理として価値論」を継承しているという事実です。

牧口先生は、第一章・緒論の冒頭で
「創価学説の目的とする所は、個人にとっても社会にとっても
全人類の一人一人が無上最大の幸福を獲得するにある。
而してその幸福の要素はすべて価値の創造である」(十六頁)と、創価学説の目的を述べ

「如何なる価値を獲得し、如何なる価値を社会に提供する事ができるか、
そのためにこそ努力精進しているのが人生の実相である。
故に創価学説を理解することが即ち人生の指導原理を確立することである」(同頁)と方向性を示しました。

・・・・つづく。