投稿者:大仏のグリグリのとこ 投稿日:2017年 3月26日(日)09時05分20秒   通報
庶民の幸福を願い続けた日蓮大聖人は、男女の隔てなく、
実に多くの弟子たちに〝消息(手紙)〟を通して信仰の真髄を教えていきました。

その一つ一つを拾い上げて見ていくと、インド・中国・日本の歴史や、
仏教説話を自在に駆使し、生きる智慧が留められ、

眼前には壮大なる日蓮仏法そのものが広がっていることに気づきます。

学会指導には、戸田先生の「女子部は教学で立て!」という指針がありますが、
これは女性だけではなく、男性にも共通して言えることです。

とは言うものの、

戸田先生はなぜ女子部に対して「教学で立つ」ことを強調し、特に厳命したのでしょうか。

その意味から女性と教学について考えていきたいと思います。

数ある仏教説話の中には、
女性と男性の「思考の違い」がよく表れているものがあります。

それは、皆さんよくご存知の「雪山の寒苦鳥」です。

この説話は大変有名で、この中に登場する「寒苦鳥」は
俳句の季語(冬)に使われるほど、日本文化に定着しています。

その内容を簡単に説明すると、

インドの雪山という山に夫婦で暮らす「寒苦鳥」という鳥が住んでいました。
この鳥は人間の言葉で鳴くといいます。

厳しい夜の寒さに耐えかねて、夜通しオス鳥は

「殺我寒故(シガカンコ、※寒さに死んでしまう)」

と鳴き、メス鳥は

「夜明造巣(ヤメイゾウソウ、※夜が明けたら巣を作ろう)」と鳴くのです。

ところが夜が明けて日が指してくると、その暖かさに夜の寒さを忘れて、メス鳥は思います。

「ああ暖かくて気持ちがいい、何もしたくないわ」。

オス鳥も

「こんなに気持ち良いのだから、少しぐらい眠らせてよ」と。

そして夫婦は

「どうせ明日をも知らぬ無常の身、どうしてこの身を安穏にする巣など
作る必要があるのか。今日死ぬとも知らず、明日死ぬとも知らぬのに」と、

まるで経典の一節のような立派な言葉で鳴くのです。

この夫婦の鳴く言葉を聞くと、男女の生命の傾向性がよく表れていると思います。

オス鳥はただ現状を嘆くのみで「寒さで死ぬ」という当たり前の理屈をくり返すだけ。
メス鳥は「こうしよう、ああしよう」と言うばかりで、結局何もしない。

結果、夫婦は後悔のエンドレス――。

凡夫もこれと同じで、男性は理屈っぽくて安逸さや名聞名利にとらわれ、
女性は何かせっぱ詰まったことがあれば後悔と反省はしますが、

それでも現実を変えることをしないのは一緒です。

この傾向性と戦うことが、成長の第一歩なのだと思います。