投稿者:案外おばちゃん 投稿日:2017年 2月11日(土)05時34分42秒   通報
これが今の幹部の思考回路なのでしょうね。
だから 現場を見ても 心が痛まない。
だって 「先生の頃と活動内容は同じだよ?何がダメなの?」
冗談も休み休み言ってくれ!!
先生が公に姿を表さなくなるまでの2006年~2010年までの約4年間のご指導を後世に残さない今の原田執行部。
この間の先生のご指導には昭和54年会長辞任の時の事がよく出て来ました。そこだけ抜くのも変だし、じゃあ全部無かった事にしちゃう?とでも考えましたか?原田さん。
人は晩年になればなるほど 後世に一番伝えておきたい事を話すものではないですか?
遺言も日付が新しい方が効力があるとか。
しかし 今の執行部は先生がお姿を表さなくなる日付が新しいご指導から無きモノにしてしまいました。
『魔の本質は師弟の分断』と先生。
師匠のご指導を無いものとして扱う原田執行部は まさに 私達に、また後世の同志と池田先生を分断してしまいました。
「師弟の分断」の原田執行部が指揮を摂る今の活動と 「師弟の結合」を教えて下さった先生が指揮を摂る昔の活動は内容が同じだから 同じ???

『きょうは責任ある最高幹部の集いである。
28年前、私が第3代会長を辞任した当時の話をしたい。
昭和54年(1979年)の4月24日、火曜日。私は、第3代会長の辞任を新宿文化会館で発表した。
全国から集った代表幹部からは、「どうして先生が辞めなければいけないんですか!」「先生が辞められることは、納得できません!」との声があがった。
その後、私は聖教新聞社のロビーで記者会見を行った。
歩いて自宅へ戻ると、妻が、いつもと変わらず、微笑みながら、「ご苦労さまでした」と迎えてくれた。
5月3日、創価大学で、会長辞任の本部総会を終えた後、私は、そのまま神奈川文化会館へ向かった。
学会本部には、私の指揮を執るべき席はなかったからである。
時として、小さな管理者室で執務することもあった。それほど冷たい執行部だった。』
ちなみに このご指導も 原田執行部が無きものにした4年間の中のご指導ですから!!
誰が会長になろうとも この4年間のご指導を後世に残すまで言い続けますから!!池田大作全集に載せるまで