投稿者:まなこ 投稿日:2017年 1月25日(水)08時03分8秒   通報
【池田】 おっしゃる通りです。自由は、人間にとって尊重すべきものですが、人間性のなかのどれに自由を与えるかという問題こそ大事です。欲望に無制限の自由を与えることは、崇高な精神の自由をかえって圧迫することになります。なぜなら、欲望には崇高な精神を押しつぶしてしまう必然性があるからです。
これは、ちょうど、凶悪な無頼漢に自由を与えた場合、善良な市民が苦しめられ、圧迫されるのと同じです。欲望の解放は、この悪人を野放しにすることに等しいものです。善良な市民の自由を確保するためには、悪人を監視し、また必要とあらば拘束しなければならないと同じように、崇高な精神の自由のためには、欲望を規制する必要があるわけです。ただし、これは社会的、外的な力によってではなく、個人の主体的な自覚と意志によって行なわなければならないでしょう。

【トインビー】 今日、先進国と呼ばれる国の国民は、いわゆる発展途上国の国民を見下し、恩着せがましく振る舞っています。彼らは、憐れみか軽侮かの、どちらかの態度をとっていますが、しかし、いまの世代からみて子供か孫の世代には、両者の立場が入れ替わってしまうことが予想されます。
いわゆる先進国の生活様式にあって、貪欲は美徳として賛美されてきました。しかし私には、貪欲の暴走を許してきた社会に、希望ある前途があるとは思えません。自制をともなわない貪欲さは、自滅を招きます。今日の先進国には、すでに、生産による分捕り品の配分をめぐる闘争が、生産そのものを麻痺させるといった兆候がみられます。また、きまりきった作業の単調さが、労働者にとってこの種の仕事を耐えがたいものにし、それによる利益の分け前がいかに大きくとも、彼らの心理的負担を埋め合わすことができないという兆候もみえています。こうした労働者の疎外は、生産活動の麻癖とともに、先進諸国の生活様式に終止符を打たせるかもしれません。これらの諸国は、当分の間は発展途上国より豊かであっても、最後には、事実上、より貧困化してしまうかもしれないのです。
現在は発展途上国も、最大限の工業化、都市化をめざす競争において先進国に追いつく努力をしていますが、先進国が直面し始めた諸々の問題をみて、やがてはこれを思いとどまることが考えられます。すでにビルマは、そうした方針を放棄することにしたと聞いております。この国では、近代技術の導入は、衣食住や公衆衛生といった基本的な生活必需物の供給に役立つものだけに限るよう、計画中だとのことです。ビルマ人はこのように近代化を最小限にとどめ、その範囲内で伝統的な牧歌風の、農業中心で豊かさを追わない生活様式を保持しようとしているわけです。
ビルマは、現在、セイロンに代わって南伝仏教の中心地となっていますから、影響力がないわけではありませんが、やはり小国であることには変わりありません。しかし、このビルマの方針が先例となって、中国やアフリカ諸国がこれに続けば、この転換は、やがて未来の波動として証明されるでしょう。

【池田】 深い洞察に基づいた、刮目すべき御意見です。なお、さきほど御指摘のあった人間の尊厳という観点に立脚するとき、私は具体的に次のような運動が現代人にとって必要であろうと考えます。
まず第一に、物質の消費を最小限に抑え、廃棄物を最大限、再生して使うことです。これは、環境汚染の防止に有効であるとともに、資源の枯渇を防ぐために、どうしても必要なことです。第二に、人間の肉体的エネルギーを活用することです。これは化学的、物理的エネルギーの生産のための資源の消費と汚染とを防止するのに役立つとともに、人間の健康保持のためにも有益です。第三には、薬品にせよ食品添加物にせよ、その他のあらゆる化学的な生産品にせよ、必ず利害両面があることをよく認識したうえで、その乱用を戒めることです。
私は、これらのことを、市民の一人一人が自分の生活のなかで実行していかなければならないと考えます。また、自分が関わり合う社会の領域のなかで、そうした原則を冒して人類の存続を脅かす者と戦うべきでしょう。
たとえば、科学者は、その学問を生かして広く市民を啓発すべきです。またジャーナリストは、ペンの力で悪を鋭く告発すべきです。主婦は、家庭生活と直結した問題について戦うことができます。そして労働者には、企業内からの告発という手段があります。
このような運動は、しかし、いずれも正しい精神的基盤に支えられたものでなければなりません。それには、やはりさきほど博士がいわれましたように、宗教の力が必要となってくるでしょう。そして、その宗教とは、一人の人間生命は地球よりも重く、しかもこの生命の尊厳は、自然との調和によって初めて維持できるという原理を、一人一人に実感させることができる宗教でなければならないと思います。

【トインビー】 その通りです。人類の生存に対する現代の脅威は、人間一人一人の心の中の革命的な変革によってのみ、取り除くことができるものです。そして、この心の変革も、困難な新しい理想を実践に移すに必要な意志の力を生み出すためには、どうしても宗教によって啓発されたものでなければならないのです。