投稿者:寝たきりオジサン 投稿日:2017年 1月 6日(金)01時50分59秒   通報
昭和57年(1982年)6月19日、会長勇退後、初の北海道訪問のときのことだった。
「激闘の師匠にゆっくりと休んでいただきたい」。そんな思いを込めて、牙城会
の有志がその夜、名誉会長を乗せる駕籠をつくることを思い立った。高さは、
屋根は、背もたれは・・・。朝までかかって駕篭をつくりあげ、20日朝、大沼の
函館研修道場に運び込んだ。

この日、「大沼伝統の集い」が開催された。
名誉会長は語った。「私は獅子のごとく、厳窟王のごとく、断じて皆さんを守
り切っていきまずから、私と一緒に進んでください。私たちは勝ったのです!
」。第1次宗門事件に対する大勝利の宣言だった。
集いでは、牙城会の圏委員長の名が呼ばれた。

◆証言(神崎嘉幸さん=当時、函館圏委員長)
驚きました。牙城会を代表して、先生から句を頂けるというのです。
秋谷会長が2度、読み上げてくれました。
「ただ頼む冥の照覧牙城会」
感動が一気に体を貫きました。先生の方を向いて「ありがとうございまいした」
と言いました。先生は、そっとうなずかれました。
約1週間、寝る間も惜しんで準備に当たった牙城会の姿を全部分かっていてく
ださったのでした。
驚きは、さらに続きました。会合終了後、先生は「日暮山」の山頂に足を運ばれ
、私たちと懇談のひとときをもってくださったのです。日暮山からは大沼が一
望できました。

晴れ渡った青空の下を汽車がゆっくり走っていました。
その時です。突然、先生は「駕籠に乗せてもらうよ」「本当にありがとう」と言わ
れれるではありませんか。
私たちが担ぐ駕籠。乗り心地がいいとは決して言えない粗末な駕籠でしたが、
先生は何度も礼を言われました。そして、「3・16以来だね」と。
駕籠には名前を付けていただき、保存することになりました。
以来、6月20日は「北海道牙城会の日」になりました。その日こそ「師弟の絆」を
確認する日なのです。