投稿者:信濃町の人びと 投稿日:2016年11月16日(水)19時51分42秒   通報
池田大作全集83巻
第十七回SGI総会 (1993年10月22日)②

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■広布に働く人は即座に仏に

また大聖人は、南条時光の母である上野尼御前にも、御慈愛あふれる御手紙を与えられている。青年・時光のお母さん──。学会の婦人部や指導部に当たるといえよう。

大聖人は、もちろん、命がけで戦う男性の門下には真剣に激励をされた。そして、こよなく婦人を尊敬し、大切にされたのである。

二十一世紀、二十二世紀は「女性の世紀」と予測されている。三世に通暁〈つうぎょう〉(くわしく知ること)された御本仏は、こうした時代の到来を見通されていたのかもしれない。

大聖人は、仰せである。

「一切経の功徳は先に善根を作して後に仏とは成ると説くかかる故に不定なり」

──(法華経以外の)一切経の功徳は、先に善根を作って、後に仏になると説きます。このようですから、(成仏という根本の大事が)不確かな教えです──。

同じ仏教でも、法華経以前の爾前経では、今世の善根によって来世に果報を得るとか、過去世の悪業で今世に苦しんでいるから、来世のために善根を積みなさいとか教える。

しかし、今のスピード時代に、そんなことを言っても、待っていられない。「今、苦しいのをどうしてくれるのか」と言われても、答えようがない。現代人には、納得できないであろう。また過去世の業といっても、自分ではわからない。他の人にもわかるはずがない。

そうではなく、大聖人の仏法は本因妙であり、現当二世の仏法である。

大聖人は仰せである。
「法華経と申すは手に取れば其の手やがて仏に成り・口に唱ふれば其の口即仏なり」

──(それに対して)法華経というのは、手に取ればその手がただちに仏に成り、口に唱えればその口がそのまま仏となります──。

法華経とは、いうまでもなく大聖人の法華経、すなわち三大秘法の南無妙法蓮華経のことである。

皆さまが御本尊に手を合わせて題目を唱えれば、その手が仏である。題目を唱え、弘教に励めば、その口は仏である。さらに、教学を謙虚に学び、感激して人に教えていけば、頭に仏の力が宿る。頭脳が明晰にもなっていく。

このように信心は即、我が身の上に、生活の上に、仕事の上に、厳然と顕れていく。そして、今世で直ちに成仏していけるのが大聖人の仏法なのである。

(戸田第二代会長は「帰依(きえ)して南無妙法蓮華経と唱えたてまつることが、よりよき運命への転換の方法であります。この方法によって、途中の因果がみな消えさって、(清浄なる)久遠の凡夫が出現するのであります」と述べている)

さらに大聖人は、譬えを引かれ、わかりやすく述べられている。
「譬(たと)えば天月の東の山の端に出ずれば其の時即水に影の浮かぶが如く・音とひびきとの同時なるが如し」

──たとえば天の月が東の山の端に出れば、その時、すぐに月影が水に浮かぶようなものであり、音と響きとが同時であるようなものです──。

いつか成仏する、というのではない。口に妙法を唱え、五体を使って広布に動く人は、即座に仏に成るとの仰せである。

この素晴らしい妙法を信受しながら、退転したり、謗法を犯して、自分で自分の功徳を消してしまう人がいる。本当に愚かなことである。
■悪の人につけば不幸、善の人につけば幸福

「故に経に云く「若し法を聞くこと有らん者は一として成仏せざること無し」云云、文の心は此の経を持つ人は百人は百人ながら・千人は千人ながら・一人もかけず仏に成ると申す文なり」

──ゆえに法華経に「もし法を聞く者があるならば、一人として成仏しない者はいない」云々と説かれています。この経文の心は、この経を持つ人は百人は百人ながら、千人は千人ながら、一人も欠けず仏に成るということです──。

法を聞くとは、法を受持しきるということである。御義口伝に『法華文句』を引かれて如是我聞
(にょぜがもん)の「我聞とは能持(のうじ)の人なり」と。能持の人は、全員が仏に成ると仰せである。

百人いれば百人、千人いれば千人、全員が残らず成仏できる──これが、御本仏の絶対の御約束であられる。大聖人の仏法は、あらゆる人々に開かれた「世界宗教」である。

法主だけが″特別の人間″であるとか、法主の言うことなら謗法であっても従わなければならない、とは御書に書かれていない。皆さまは、聖職者のまやかしに絶対にだまされてはならない。

どんなに性能のよい自動車でも、運転する「人」が正気を失っていれば、危なくて、とても同乗できない。それと同じように、「法」といっても、正しい行動の「人」が大事である。悪人についていけば、自分が不幸になるだけである。

「皆が共に成仏」「皆が共に幸福」「皆が共に栄光」──こうした和楽の世界をつくるのが、仏法である。ゆえに世界平和の根幹となる。

どうか二十一世紀に向かって、「仲良く」「朗らかに」「強く」、そして「健康」で「余裕」をもって、前進していただきたい。

そして、嫉妬に狂って学会を破壊しようとする大悪の日顕宗とは、断じて戦い抜いてまいりたい。
リーダーの皆さまは、″大切な仏子を一人も残らず幸福にしてみせる″との断固たる精神で進んでいただきたい。創価学会、SGIを守ることが、一番、大聖人が喜ばれることである。

(続く)
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池田大作全集83巻
第十七回SGI総会 (1993年10月22日)①
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