投稿者:ジョーカー 投稿日:2015年 2月27日(金)18時12分32秒  

教義変更をもたらしたものは一体何か。私は、創価学会の官僚主義的傾向にある体質こそが、その元凶であると考えます。官僚主義的傾向にある組織の体質の産物こそが、杜撰な教義変更であり、それらと対峙することは、創価学会の発迹顕本・変毒為薬をするにあたって、避けては通れない道であると感じます。

大事には小瑞なしであり、大きく変化しようとする時には、必ず何かしらの出来事が起きます。何も起きずに変化することはありません。世界の混沌とした情勢、詭弁だらけの政治、学会の杜撰な教義変更、これらは世界広宣流布の本格的な戦いが始まった合図ではないか。御書にあるように、「大悪をこれば大善きたる」(P1300)であり、官僚主義創価学会からの脱却ができる時でもある。

先生が直接指揮を執って下さっていた時代は、会員は安心してついていくことができました。言わば、それは先生に護ってもらいながらの活動であり、自分の頭で考えたり、行動する必要がない時代だったとも言えます。しかし、今は違います。乱世そのものの様相を呈してきた現代においては、太平の世で通用した所謂、「まじめで順々な人間」では歯が立たないどころか、かえって邪魔な存在にもなり得てしまう。乱世で必要なのは、「悪と戦える人間」であり、法と先生の指導を根本に、自分の信じる道をゆくことではないでしょうか。それこそが本門の池田門下であり、大聖人の精神にも合致すると思いますが、これ如何。

官僚主義にどっぷり浸かった学会は、一人ひとりが思考停止に陥りすぎている。悪にとってはとても都合のいい状況であり、考える人間が出てきても、排除すればいいだけである。尚、官僚主義の弊害を参考までに挙げておきます。何事も定義が重要ですから。

ウィキペディアより
? 規則万能(例: 規則に無いから出来ないという杓子定規の対応)
? 責任回避・自己保身(事なかれ主義)
? 秘密主義
? 前例主義による保守的傾向
? 画一的傾向
? 権威主義的傾向(例: 役所窓口などでの冷淡で横柄な対応)
? 繁文縟礼(はんぶんじょくれい)(例: 膨大な処理済文書の保管を専門とする部署が存在すること)
? セクショナリズム(例: 縦割り政治、専門外管轄外の業務を避けようとするなどの閉鎖的傾向)

会員が強く賢くならないと、暴走を見破ることはできない。「御本尊を認定」というのは、実質的に、会長権限の強化であり、良くも悪くも、それは危険が伴う。チェック機能がなければ、暴走した時に、止める手立てがなくなる。現時点でも、止められない体制であることが明らかになっているが、さらなる権限の強化は恐ろしい。

「方針に従え」、「逆らう者は許さない」、「従えないのなら出ていけ」、果たしてこれが仏法者の振る舞いか。考えなくてもわかることである。このような学会であってはならないし、教義変更の一連のプロセスはまさに、官僚主義の象徴である。これを打破してこそ、新世界へと船出することができるのである。