投稿者:無冠 投稿日:2016年10月 1日(土)09時42分29秒   通報
全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2009-6-4 【創価女子会館開館3周年記念協議会②】

■ 一、「女子部 永遠の五指針」の第二項目は、「世界一の生命哲学を学ぶ」である。
日蓮大聖人は明確に、「持たれる法さえ第一ならば、持つ人も同じく第一なのである」(御書465ページ、通解)と仰せであられる。
人間の本当の偉さは、何で決まるか。
財産や名声、美貌などでは、決まらない。
有名になって、一時的に脚光を浴びたとしても、長い一生にあって、不幸な流転をたどってしまう人生模様も少なくない。
人間の究極の偉さは、いかなる法を持ち、いかなる哲学を学び、実践し抜いたかで
決まる。
「世界一の生命哲学」を持った皆さん方は、「世界一の充実した高貴な青春を、そ
して「世界一の価値ある勝利の人生」を歩みゆく方々なのである(大拍手)。

■ 最高の宝は自分 宝を磨きゆけ!
一、十九世紀に生を受け、善なる民衆の勇気を鼓舞し、社会の変革のために戦った言論の闘士がいる。フランスの女性作家、ジョルジュ・サンドである。
彼女は、小説の主人公の歌姫に、こう語らせている。
「身分の高い人たち」を見れば見るほど、哀れみを感じます」「あの人たちは目立ちだがり支配したがります。
そこが狂気の沙汰で惨めなところです」(持田明子・大野一道監訳、原好男・山
辺維彦訳『歌姫コンシュエロ㊦』藤原書店)
誇り高き芸術家の達観といえよう。
見えっ張りな人間、威張った人間、権力の魔性に狂った人間ほど、哀れなものはない。
友のため、社会のため、気高き理想のために行動する、皆さんのほうが、ずっと偉大だ。幸福である。
人は、どうしても、きらびやかな世界に目を奪われがちだ。世間でもてはやされると、偉そうに見える。社会的地位が高いと、立派に思う。いずれも愚かな錯覚にすぎない。
自分以上の宝はないのだ。自分を離れて幸福はない。本来、自分ほど素晴らしいものはないのである。これが仏法である。
自分という最高の宝を輝かせるのだ。これが真実の哲学である。
大抵、人を見ると、自分と比べてしまう。
もちろん、人から優れた点を学ぼうという気持ちは大事だ。
しかし、「あの人はいいな。幸福そうだ。
立派そうだ」と、うらやんでも、つまらない。何にもならない。
自分・自身を磨いて、自分自身が生きがいを感じて、生きていくのが勝利の人なのだ。
これを深く心に刻んでいただきたい。
■ 全人類の平等と尊厳と幸福の道
一、法華経は、「女人成仏」を通して、全人類の平等と尊厳と幸福の道を開き切った、世界史を画する生命哲学である。
御書には、「この法華経は、女人成仏を手本として、一切衆生の成仏が説かれている」「法華経の中では、女人成仏が第一である」(1311ページ、通解)等と記されている。
皆さん方の尊き先輩たちの真剣な祈りと、粘り強い努力によって、いよいよ「女性の世紀」が開かれてきた。
皆さん方が躍り出る晴れ舞台は、世界中に広がっている。
「行学の二道をはげみ候べし、行学た(絶)へなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ、行学は信心よりをこるべく候、力あらば一文一句なりともかた(談)らせ給うべし」(御書1361ページ)とは、「諸法実相抄」の重大な一節である。
この仰せ通り、「行学の二道」に励んだ青春が、いかに崇高であるかを、皆さん自身が体験し、そして証明していっていただきたい。
「御聖訓には、こうも記されている。「法華経を、他の人が読むのは、口でばかり、言葉ばかりでは読むけれども、心では読まない。心では読んでも、身では読まない。
(あなたはこのように難にあって)身と心とで共に読まれたことは、じつに貴いことである」(同1213ページ、通解)
大聖人の御心に寸分違わず、正義を師子吼したゆえに、命にも及ぶ難を受け、ありとあらゆる障魔と戦い切ってきた。これが、創価の師弟である。
女子部の皆さんは、栄光輝くこの道を、真っすぐに受け継いでいっていただきたい。

■ 生命の奥深さを知る喜び!
一、「女子部は教学で立て」lこれは、戸田先生の不滅の指針である。
この日蓮仏法が、どれほど偉大な人類究極の幸福と平和の大哲学であるか。
人間自身を革命し、民衆の心を結び、世界の運命をも転換していく。その根本的方途は、仏法の英知によるしかない。
戸田先生は、鋭く喝破された。
「外界がいかに究め尽くされても、生命自体の幸福の世界へは手のつけようがない」
「日運大聖人は、いかにずれば人類が幸福になれるかを探究なされた。
この大聖人の生命哲学を、我々が学び、実践し切った時に、絶対に幸福になれる、最高の哲学が輝いていくのです」

一 また哲学の意義について、先生は、こうも述べておられた。
「何のために、哲学は人間に必要なのか。何のために、仏法は人生に必要なのか。
ただ自由勝手でよいならば、学校に行く必要もない。勉強する必要もない。信仰をする必要もない。しかし、それでは、必ず後悔が残る。
哲学を学び、仏法を学び、生命の奥深さを見出していく。そして広々とした心で、深く感涙し、感動しながら、永遠の喜び、真実の幸福を探求し、体得することが、どれだけ大いなる歓喜であるか。
人生の深き不思議さとともに、無限の喜びに充ち満ちる自己の生命を知ることの嬉しさは、いかばかりであろうか」
さらに先生は、こう断言なされた。
「創価学会は御本尊を根本として、広宣流布という崇高なる目的をもって進んでいる。
そして、世界最高の東洋仏法の真髄であり、全世界最高の大哲学である教学をもって、実践しているのである」
創価とともに、広宣流布に生きる皆さん方の宿縁の深さは、計り知れないのである(大拍手)。

◎『戸田先生』「まず”私はこうするのだ。こう戦うのだ”と決めよ

一、戸田先生は、女子部に教えられた。
「人生をよく見つめ、自分観、人生観、社会観、宇宙観、この四つを、きちっとまとめているのが仏法なのです」
「もっと御書をよく拝するのだ。なんでも御書に、ちゃんと書かれている」
「どんな問題が起ころうとも、御書を根本とすれば、決して紛動されることばない」
「妙法という最高の価値観に立てば、何事も、どう進めばよいかがわかるのだ」
信心の眼で見れば、進むべき道が見えてくる。虚栄や偽善に惑わされてはならない。
女子部教学室の友も、真剣に歴史を創ってきてくれた。
揺れ動く多感な青春の心に、教学という揺るがぬ柱を打ち立てる意義は、実に大きい。
大切な女子部の皆さん方に、先生の大確信の指導を捧げたい。
「まず〃私は、こうするのだ。こう戦うのだ〃と決め切ってごらん。それが哲学だよ」
「南無妙法蓮華経、哲学を実践しているのは、創価の師弟以外にいない。女子部は、この哲学をしっかり身につけて、広宣フルを成し遂げていただきたい。頼みます!」

■ 学びの青春を
一、「幸福論」で有名なフランスの哲学者アランは論している。
「幸福はいるも逃げ去る、と言われる。これはもらいものの幸福についてなら正しい」「だが自分で得る幸福は本物だ。それは学ぶことだ」(橋田和道訳『アラン教育随筆』論創社)
学ぶ青春は、幸福の道である。
きょうは、女子学生部の代表も参加されている。どうか、皆さんは、生き生きと学び、世界で光る教養と実力をつけていっていただきたい。

■ 不動の信心たれ
一、ロシアの文豪卜ルストイは、釈尊の思想から学んだ信念として、次のような言葉を残している。
「もし人が善き思想によって語ったり行動し・たりすれば、影の形に添うごとく、喜びが彼につきまとうであろう」(北御門二郎訳『文読む月日』ちくま文庫)
またトルストイが、100年前に綴った日記がある。先日、わが創価学園出身の女子部の文学博士が翻訳し、届けてくれた。
「現在を大切に生きれば、それだけ、永遠の人生、不動の人生を生きることができる」その通りである。
現在の女子部の時代に、永遠の大福運を積みゆけ! 不動の信心を築きゆけ!
こう私は、声を大にして叫びたい。
私の妻も、女子部の時代に、揺るがぬ信心の土台を築き上げた。
折伏、個人指導、人材育成にと走り、広布の大闘争を貫いた。恩師のために、人生のすべてを捧げてきた。その心は、今も昔も全く変わらない。
師匠のため、同志のため、広布のために、わが身をなげうって戦い抜く。
これこそ、真実の学会精神である。

■ 一、「女子部 永遠の五指針」の第三は、「何があっても負けない青春」である。
日蓮大聖人は厳然と記しておられる。
「法華経を持つ女性は、他の一切の女性にすぐれるだけでなく、一切の男性にも超えている」(御書1134ページ、通解)
皆様が、どれほど尊貴な存在であるか。
また、大聖人は「法華経の師子王を持つ女性は、一切の地獄・餓鬼・畜生などの百獣に恐れることはない」(同1316ページ、通解)等と、繰り返し、女性の弟子を励まされている。
この妙法を持ったということ自体、「何があっても負けない」ということなのである。
さらに大聖人は、こうち仰せである。
「たとえ太陽と月が地に落ち、須弥山が崩れたとしても、(妙法に尽くす)あの女性が仏になられることは疑いない」(同1390ページ、通解)
「たとえ、どんな煩わしいことがあっても、夢だと思って、ただ法華経のことだけを考えていきなさい」(同1088ページ、通解)
不確かな現実に一喜一憂したり、翻弄されるのは愚かである。
「何があっても私は(広宣流布に生き抜く」と決め切って、平然と、悠然と、使命の青春を走り抜いていくごとだ。
幸福の花は、忍耐と努力の根がありてこそ、美しく咲くことを、決して忘れてはならない。

■ 「無事故第一」で聡明な前進を
一、戸田先生は指導された。
「御本尊を受持し、強盛に信行学に励めばいつまでも、悩める凡夫でいるわけがない」
また、こうも言われた。
「どんな辛いことも、あとになってみれば、全部、夢のように、消え去ってしまうものだ。だからこそ、長い目で、時を待つ忍耐を忘れてはならない」
「辛抱強くなることだ。御書に〃忍辱の鎧を着て〃という言葉があるではないか。
その実践が本当の仏道修行だと思ってもらいたい」
戸田先生は、「勝つこと以上に、断じて負けない青春を」と幾たびとなく呼びかけられだ。
私の妻も、その指導のままに「負けない青春」「負けない人生」を歩み通してきた。そして、勝った。
皆さん方は、その後に続いていっていただきたい。
また、濁世の社会にあって、事故などに巻き込まれないことも大切である。帰宅も夜遅くならないよう、細心の注意を払って、どうか「無事故第一」「健康第一」の聡明な前進をお願いしたい。

■ 正義を叫び抜け
「大事なのは「勇気」である。
ポーランド出身の女性革命家ローザ・ルクセンブルクは同志に呼びかけた。
「何も怖れることなし」(伊藤成彦・米川和夫・阪東宏沢訳『ヨギヘスへの手紙』河出書房新社)
「勇気をだして」「勇気を!」(同)
かつて、女子学生の有志が、夏季講習会で、このローザ・ルクセンブルクにちなんだ歌を、元気いっぱいに歌ってくれたことがあった。
早いもので、それから、もう10年になろうか。その時の「青春勇舞会」の友も、婦人部のリーダーとして、今も変わらぬ大情熱で活躍してくれており、うれしい限りだ。
アメリカの女性詩人であるエミリ・ディキンスンは綴った。
「波乱と難局にあって、巨大な円柱のことき自分自身を頼りにすることは、なんと心強きことか。
自分という確かなものを持つことは、なんと素晴らしいことか」
永遠に、何があっても揺るがない自分自身の生命をつくり上げていくこれが信心である。これが青春の学会活動である。
イタリア・ルーネサンスの巨匠であるレオナルド・ダ・ヴインチは、「青春は再びかえらず」と述べている(カール・ヤスパース著・藤田赤二訳『リオナルド・ダ・ウィンチ』理想社)。
レオナルド・ダ・ヴィンチといえば、かって、世最古の総合大学であるイタリアのボローニャ大学で、「レオナルドの眼と人類の機会ー国連の未来についての考察」と題して講演を行ったことが懐かしい。〈1994年6月。名誉会長はこれまで、海外の大学・学術機関で32回の講演を行っている〉
ダ・ヴインチが言うように、青春は二度とやってこない。
今、女子部の皆様は尊き青春の時代を生きている。
だからこそ、思い切って戦っていくことだ。創価の正義を叫び抜いていくことだ。

■ 私がやります!
「若いということが、どれほど大きな力を秘めているか。
私も、青春時代、戦って戦って、戦い抜いた。
戦後、戸田先生の事業は破綻し、膨大な負債を抱えた。
先生のことを「馬鹿野郎!」と罵り、去っていった人もいた。
先生は、学会の理事長を辞めざるを得なくなった。
その中で、私は「私がやります!私が働いて、先生をお護りいたします!」とお誓い申し上げた。
当時、私は二十代。若かった。師匠のために働き抜いた。
やがて事業は苦境を乗り越え、戸田先生が第2代会長に就任された。
しかし、今度は折伏がなかなか進まない。
先生は「このままでは、広宣流布に5万年かかってしまう」と嘆かれた。
この時も私は「断じて私がやります!」と立ち上がった。
私は蒲田支部の2月闘争で折伏の壁を破り、75万世帯達成への突破口を開いた。
猛然と、うねるような勢いで拡大の歴史を築き、新しい学会の発展の流れをつくっていったのである。

■ 職場で「なくてはならない存在」に
一、戦争が終わった後、私は昭文堂という小さな印刷会社に勤めていた。
昭文堂の主人は、私の仕事を全面的に信頼してくださっていた。
できるだけ長く自分の会社で働いてもらいたいと考えておられたようだが、肺病を患っていた私は会社を辞めざるを得なくなり、自宅から近い蒲田エ業会に勤めることになった。
やがて戸田先生の会社で働くことが決まり、蒲田エ業会を辞めることになった時も、上司や同僚が「どうしても辞めなければいけないのか」と別れを惜しみ、心のこもった送別会を開いてくれた。
職場で信頼を勝ち取り、なくてはならない存在になる。それでこそ、学会の青年部だ。
「あなたがいると会社がどんどん発展する」―そう言われる存在になっていただきたい。
また、真剣に信心をし、誠実に努力を重ねていけば、必ずそうなっていけるのである。

■ へこたれず前へ
一、皆さんが、友のために懸命に題目を唱え、行動する。学会活動に励む。これほど尊いことはない。
日蓮大聖人が御賞讃くださることは、絶対に間違いない。また現実の生活の上にも、厳然たる功徳の実証が現れる。
他人が見ていようが見ていまいが、そんなことは小さなことである。

■ 広布に生き抜く人生には、何の悔いも残らない。すべての苦労が生かされていく。 勝利の因となる。
堂々と、誉れの学会として、私と一緒に戦っていこう!「ハイ!」と元気な返事〉

一、米ハーバード大学の女性の文化人類学者であるベイトソン博士は述べている。
「失敗するたびに『そらみろ』といった目で見られるために、『やっぱり』と簡単にあきらめていては、伸びる芽も伸びない」(桜内篤子訳『女性として、人間として』TBSブリタニカ)
失敗を恐れないー女子部は、これでいこう!何があってもへこたれずに、前へ、前へと進むことだ。そして最後に勝てばいい。
このベイトソン博士は、私がハーバード大学での2度目の講演で語った「生も歓喜、死も歓喜」の哲学に、深い共感を寄せてくださっている。〈名誉会長は1991年9月、93年9月の2回、同大学で講演を行った〉
世界最高峰の大学や、フランス学士院などの学術機関から招聘を受け、講演を行う―それ自体が、大変な名誉である。講演が終わった後、万雷の拍手が鳴りやまなかったことも、忘れ得ぬ思い出である。

■ 永遠に若き心で
一、デンマークの作家であり、「童話王」として世界的に有名なアンデルセン。その小説の中で、登場人物がこう語る。
「明るい、幸せな日が来るわ。あなたには若さがあるんですもの。
若さというのはすぐに痛手をいやして、心身ともに健やかにしてくれるものよ」デンマーク王立国語国文学全編集・鈴木徹郎訳『アンデルセン小説・紀行文学全集3』東京書籍)
悩みに断じて負けず、乗り越える。それが青春の戦いであり、青春の力である。
「健康的な、朗らかな青春であれ!」と申し上げたい。
もちろん、年を取ったからといって、元気をなくしてしまってはいけない。
妙法に生き抜く人は、生涯「青春」である。生き生きと活躍する婦人部の大先輩たちのように、永遠に〃女子部の心〃で進んでいただきたい(大拍手)。

一、女子部の皆さんの中には、結婚について悩む人がいるかもしれない。
具体的なことは、ご両親や、婦人部をはじめ信頼できる先輩などに、よく相談していただきたい。
その上で大事なのは、しっかりと御本尊に祈っていくことだ。
焦る必要はない。早く結婚したから幸福かといえば、そうとも限らない。素晴らしい相手と出会えるように、また、自分にとって、最高の形で結婚できるように、祈っていけばいいのである。
そして、信心でわが生命を磨きながら、自分らしく輝いていっていただきたい。

一、アンデルセンはこうも綴っている。
「わらいはどんなかなしみをもやわらげる/信じたまえ、わたしたちのほめたたえる人は、たいていわらったことで幸福をえたのだ!」
「わらいは敵をもたおす」山室静訳『世界の詩73 アンデルセン詩集』彌生書房)
戸田先生の弟子として、女子部時代から薫陶を受けた私の妻は、どんな大変な時でも笑顔を絶やさなかった。
皆様もまた、何があっても、快活に進んでいただきたい。題目をつぷ せいのいりよくあげ抜き、強き生命力を湧き出して進んでもらいたい。
女子部に信心の歓喜の笑顔が輝く限り、学会は強くなり、発展していける。私は、そう強く申し上げたい(大拍手)。

◎ 語った分、仏縁が広がる。 語った分、永遠の福運に

一、「一人」の真心が、どれほど偉大か。
「一人」の信心の波動が、どれほど大きいものか。
日蓮大聖人は、さじき女房という女性門下に宛てた御手紙のなかで、法華経に供養する深い意義について、次のように仰せである。
「たとえば、善の野が千里ほどにも広がって草が生い茂っている所に、豆粒ほどの小さな火を一つの草に放てば、それはたちまちに燃え広がって無量無辺の火となります」(御書1231ページ、通解)
鮮やかな譬えである。そして、一人の供善から生じた功徳は、その父母や祖父母にも、家族にも、さらに多くの衆生の生命にまで広がっていくというのである。
「一つの行動」から、すべては始まる。「一言の励まし」から、勇気が生まれるーこの大原則をわが身に体現し、広宣流布の舞台を広げてきたのが、皆さんの先輩である婦人部の方々だ。偉大なる婦人部は今月、10日、結成58周年を迎える。おめでとう!(大拍手)

■ 「変革できない分野などない」
一、世界人権宣言の起草に尽くした、「アメリカの人権の母」エレノア・ルーズベルト大統領夫人は、最晩年の著書に綴っている。
「私たちが本当に強く願い、その願いに対して確信を持ち、その実現のために誠心誠意、行動するならば、人生において、願いどおりに変革できない分野など、何ひとつないと確信しています」
創価の女性の決心と通じ合う言葉である。
いわんや私たちは、無上の妙法を持ち、広宣流布の大道を歩んでいる。不可能に思える困難が立ちはだかったとしても、すべてをよりよく変えていく力の源は、この信心である。
また、エレノア・ルーズベルトは訴えた。
「私が深く確信すること。それは〃私たちの歴史は、私たちが創っている〃ということです。
歴史がどのような方向に進むかは、私たちの選択によって決まります。その選択は、人々の持つ思想、信念、価値観、そして夢から生まれてくるのです」
戦争から平和へ、対立から共生へ、あきらめから希望へー新しい歴史を創っているのが、創価の民衆運動である。
私たちは、広宣流布という壮大な夢に生きましょう!ともどもに!(大拍手)

【創価女子会館開館3周年記念協議会③】に続く