投稿者:無冠 投稿日:2016年 9月30日(金)17時50分42秒   通報 編集済
全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2009-5-27 【新時代第29回本部幹部会】

一、この信心は、皆が堂々と、胸をはって生きるための信心である。
自分らしく、生き抜き、勝ち抜くための信心である。
全国の婦人部を代表して、総東京婦人部の皆様に、次の一言を贈りたい。

因杲倶時  仏法見つめむ  蓮の花

蓮華は、花と実が同時に成長していく。これは他の花々には見ら
れない特徴である。
仏法では、花を「因」、実を「果」に、よく譬える。すなわち蓮華は、南無妙法蓮華経の「因杲倶時」(成仏の「原因」と「結果」が同時に一瞬の生命にそなわること)の譬喩に用いられているのである。
本気になって祈り抜いた時、その祈りは、根底では、すでに叶っているのだ。「因果倶時・不思議の一法」(御書513ページ)と仰せの、この偉大な法理を確信して、ともに広宣流布の大道を進んでまいりたい。

●青年の力は偉大
一、皆さん、いつもご苦労さま!
きょうはリラックスして聞いていただきたい。疲れている人は寝ててしまっても、かまわない(笑い)。仏法ば、堅苦しい世界ではないのである。
全国の青年部の幹部会、ご苦労さま! おめでとう!(大拍手)
とくに、若い「ニュー・リーダー」「ヤング男子部」の大会、おめでとう!.(大拍手) 皆さんがいれば、学会の未来は明るい。
「後生畏るべし」である。若い力は偉大だ。未来を決するのは青年である。君たちである。
頼むよ!〈参加者から勢いよく「ハイ!」と返事が〉
心美しき女子部の〃華陽のスクラム〃も、世界中に広がっている。うれしいことだ。皆の希望である。
おめでとう!(大拍手)

●非難を越えて
一、私が中国への第一歩をしるしたのは、1974年(昭和四十九年)五月の三十日。
「今年で、あれから三十五周年を迎えることができた」―ー 今朝、起きた時にも、感慨深いものがあった。
かつて、東西の冷戦が厳しく、曰本が中国を敵視していた時代に、私は敢然と、中国との友好を提唱した。
賛同よりも、むしろ非難の声が高かった。
邪魔もされた。悪意の攻撃もあった。そうしたなかの初訪中であった。2度目の訪中の際、周恩来総理が最大の礼をもって迎えてくださったことは、永遠に忘れ得ぬ思い出である。
折しも、今回の佳節に合わせて、明日(5月28日)、中国。新彊ウイグル自治区の重点大学である「新彊財経大学」より、名誉教授称号が授与されることになっている(大拍手)。〈本紙5月29日付で報道。これで池田名誉会長に対して世界から贈られた名誉教授、名誉博士などの名誉学術称号は「256」となった。
さらに、中国・広東省にある、寥承志氏(中日友好協会初代会長)の父君・寥仲愷氏ゆかりの「仲愷農業工程学院から届けられた名誉教授への就任要請をはじめ、世界各地から届いている決定通知を合わせると「278」を数える〉
皆さんもよくご存じの通り、嫉妬と偏見による、学会に対する中傷が繰り返されてきた。しかしそのなかで、世界の心ある人々は、創価の真実を見つめてくださっている。
「創価学会とは、どのような存在なのか」
「一度、直接会って話したい」等々、驚きと共感の声が寄せられていることも、各国からうかがっている。そうした声は大きな波のように広がっている。

●イスラムと仏教を結びゆく対話
一、私は今、インドネシアを代表するイスラム指導者であり、哲人政治家として歴史に刻まれた、元大統領のワヒド博士と対談を進めている。
〈博士は2002年4月、夷京牧口記念会館で名誉会長と会見。
その後、創価学会インドネシアが開催した「自然との対話」写真展や平和芸術祭などにも出席し、友誼の交流を続けている〉
ワヒド博士は、偉大なる正視眼の人である。信義を重んじ、誠実を貴く、輝く知性の大指導者として、私は心から尊敬している。
今後、博士が提案された「イスラムと仏教を結ぶ対談を、縦横に展開していく予定である。
文化の多様性を尊重しておられる博士は、来曰の際、民音文化センター(東京・新宿区)を訪れたことを、深く心に留めてくださった。対談でも、文化の力をめぐって意見を交わしている。
〈民音訪問を振り返って博士は、「私は、池田先生が『文化の力』で人類の高みに立
っておられる方だと実感しました」「20世、21世紀を通じて、最も偉大な人物でしょう」と述べている〉

■ 婦人部の皆様、いつも本当にありがとう!(大拍手)
男性の諸君は、立ち上がって御礼をしよう!〈男性の参加者が立ち上がり、女性の参加者へ「いつも、ありがとうございます」と言葉をかけた〉
男女は平等に尊い。
御聖訓には「男女はきらふべからず」(御書1360ページ)と仰せである。私は誰よりも、女子部・婦人部の友を尊重してきた。
弘教に、個人指導に、一生懸命、励んで広布流布を進めておられる方々を、心か
ら大事にしなければならない。
善の目的に向かって頑張っている人を、責めたり、苦しめるのは、正しい人間の世界ではない。とんでもないことだ。威張る人間の傲慢さをこそ厳しく戒めるべきである。
女性に親切にするのが、本当の紳士の生き方である。

●不知恩の人間を断じて許すな!
一、古代ローマの哲人・セネカの箴言を紹介したい。人類普遍の英知の言葉である。「すべての罪悪以上の悪は、恩知らずということである」茂手木元蔵訳『セネカ 道徳論集』東海大学出版会)
その通りだ。何度、強調してもしすぎることはない。
恩知らずーこれ以上の悪はない。偉くなり、増上慢になると、人は恩を忘れるもの
だ。絶対に、不知恩の人間になってはならない。臆病な人間、卑怯な人間になってはならない。
私は戸田先生に仕え抜いた。恩を知っているからである。
あれほど師匠を大事にした人間は、世界中にいないだろう。歴史上も、いないであろうそう言われるくらい、戸田先生に仕えた。身を粉にして、自身の一切を犠牲にして、師を支えた。
先生が戦後、経済の混乱のあおりを受け、絶体絶命の窮地に追い込まれでいた時のことである。
私は一人、師を護り抜いた。
多くの者は、あざ笑って、去っていった。 一人いればいいのである。
一人の本当の弟子がいるかどうか。すべては、それで決まる。
戸田先生は、私に語ってくださった。
「偉大な弟子を持つことは、最高に嬉しいことだ」
本当にそうだと、今、私も思う。最高の幸せなのだと恩師は言われた。
どうか皆さんも、そういう弟子になっていただきたい。
戸田先生は、最晩年の日々のなか、身を横たえたまま、私を見ながら言われた。
「お前がいてくれたから、よき弟子がいてくれたから、私は最高に満足だ」と。
先生は、滅多に「ありがとう」とは言わない。
明治生まれの先生は、〃師匠は弟子に、ありがとうと言う必要はない〃という考えであられたからだ。
ともあれ、本当に喜んでおられた。先生の言葉は、わが胸の奥に、金のように光っている。
戸田先生は師子吼された。
「学会は、大聖人の御命令通りに戦うのだ。広宣流布の御遺命を、我々の手で成し逐げるとの決心で、すべての大闘争に勝ち抜いていくのだ」
大聖人の御命令の通りに進むのだ。誰のためでもない、ただ広宣流布のために、信心で戦うのだ。
この一点を見失えば、虚栄や権勢に惑わされてしまう。

●仏法は勝負 断じて勝て
一、広宣流布は、慈悲の精神を、社会の根底に据える革命だ。
人間を蔑む、権力の魔性との戦いである。
戸田先生は厳として叫ばれた。
「仏法は、真剣勝負である。戦う以上、断じて勝たねばならない。
勝って勝って、勝ちまくれ!勝利、勝利の創価学会たれ!」
広布の闘争は、すべて、自分のためである。民衆のためである。
それは、三類の強敵との熾烈な戦いである。題目をあげなければ、勝つことはできない。

●必死の一人に!
一、戸田先生は、青年部に言われていた。
「人生は、山あり、川あり、野原ありだ。
青年は、険しい山や坂を登っているのだ。頑張り抜いて、勝ち越えよ!」
戸田先生の言葉通り、私も戦った。
先生は、事業が失敗し、莫大な借金を抱え込んだ。いつ、万事休すとなるかもわからない。
弘教も一向に進まない。行き詰まりきったうえに、学会は、周囲から袋だたき。
そのなかにあって、私は一人、「先生に、本当に喜んでもらいたい。ぜひとも、学会の会長になっていただこう」「先生を、世界の歴史に残したい。偉人として宣揚するのだ」-こう決意して、一心不乱に戦った。
そして、その通りになったのである。
皆さんも、後世に胸を張れる歴史をつくってもらいたい。いつまでも、師に甘えるばかりでは情けない。必死の一人が出なければ、新しき広布の道は開けないからだ。

一、戸田先生は、こうも述べておられた。
「学会員は、宗祖・日蓮大聖人の眷属として、広布流布の旗の下に結集し、闘争しているのである。
心強き一人ひとりが、固く手を結べば、広宣流布は必ず進むのである」
学会は永遠に、大聖人直結である。御本尊根本である。
邪宗門は、何をしたか。大聖人を違背し、広布を破壊し、堕落・腐敗しきった姿は悪逆極まりない。
学会は恩師の言葉の通り、心一つに団結し、広宣流布を全世界に実現してきた。
未来もまた、そうあらねばならない。頼むよ!

●「心」を決めて 祈り行動せよ
一、さらに戸田先生の指導を紹介したい。
「題目をあげて、人々にどんどん仏法を語っていきなさい。将来必ず、すごい境涯になれる。生命力あるれる対話をするのだ」
まさに、勇敢に正義を語る皆様方の姿である。「先生の教えてくださった通りにやっています」と、私は誇りをもって、ご報告いたい(大拍手)。
先生は、こうも言われていた。
「信心を、一言でいうならば。『心』を決めることである。
同じ決めるのであれば、『勝つ!』と決めなさい」
まず、勝つと「決める」。その上で、「行動」を起こすのだ。
決めて、祈って、行動するーこの勝利の方程式の大闘争を、痛快に勝ちまくってまいりたい(大拍手)。

●悩みに負けるな
一、あるとき、戸田先生は、東京の婦人部に話された。
「学会員は地涌の勇者として、自ら願って、この悪世に生まれてきたのである。
衆生を救うために、人生の苦労を乗り越えながら、御本尊の大功徳を示し切って、広宣流布をするために生まれてきたのである」
人間、誰しも、悩みがある。現代のような悪世ならば、なおさらである。
しかし、どのような悪世、乱世にあっても、信心だけは微動だにしてはならない。
私たちは、御本尊の偉大な功力を示し切っていくために、自ら願って、悩みを引き受けたのである。そのように仏法では説いている。
ゆえに、乗り越えられない悩みなど絶対にない。結論は「勝つ」に決まっているのだ。
それが分かれば、悩みに負けて、嘆いたり、迷ったりするのは愚かである。
どこまでも御本尊に祈り切って、悠々と、堂々と進んでいけばよいのである。

一、戸田先生は、経済苦と戦う壮年に、こう指導された。
「一時的に損をしたように見えても、断固たる信心を貫けば、必ず、もとの十倍、二十倍とすることができる。
それが仏法の変毒為薬というものだ」と。
大事なのは、信心を貫くことである。
「凡夫は、過ぎ去った後しか見えない。しかし、仏の智慧は、未来を見通すことができる。ゆえに、どんなことがあっても、ただまっしぐらに、妙法を信じて、戦っていけばよいのである」-これが戸田先生の大確信の指導であった。

■ 一、戸田先生は指導された。
「御本尊を受持して、強盛に信心するならば、経文において明らかなごとく、新しく強い生命力を得て、事業に、健康に、生き生きとした生活が始まってくる」
これが我らの人生だ。皆、健康で、生き生きと、若々しく勝ち進もう!

さらに、戸田先生の指導を拝したい。
「御本尊は、皆が考えている以上に、すごい力があるのだ。何ものにもまさる、偉大な力があるのだ。大難のときこそ、大いに闘おうではないか」
大確信をもって進んでいきたい。

●勝利の歴史を
一、ともあれ、戦うからには勝つことだ。
勝てば楽しい。さらに勢いを増していける。
広宣流布の勝利を、頼みます!
リーダーは気取りを捨てて戦うことだ。
そして、皆が「すごいな」と思うような結果を、堂々と残していってほしい。励ましの声で、皆に勇気を送っていただきたい。
それでは、きょうはこれで終わります。どうか、お元気で!
〈ここで名誉会長を中心に全員で唱題した〉

長時間、本当にご苦労さまでした。ありがとう!(大拍手)