投稿者:無冠 投稿日:2016年 9月10日(土)00時40分56秒   通報
全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2008-6-18 【新時代第19回本部幹部会】

■ 「きょうは、お忙しい中、ご苦労さま! 遠方の皆さんも、よく来てくださった。
海外の方々も、本当にようこそ!(大拍手)
全同志の皆さんのおかげで、創価学会は大きくなった。全世界に広がった。
仏法史上、いかなる教団も成し得なかった、思いもよらなかった壮挙である。
おめでとう! ありがとう!(大拍手)
堂々たる大教団であり、哲学の団体、そして世界平和の団体である。これは、創価学会しかない。
広宣流布を勇んで進めておられる皆さんの功徳は大きい。永遠に輝きわたる。これが、日蓮大聖人の御断言である。
頑張ろう!〈「ハイ!」と力強い返事が〉

一、お母さん、お父さんがご病気の方はおられますか?〈会場から手が挙がった〉
まず皆さんが、しっかり祈ってあげることだ。
大変でしょう。苦しいでしょう。私も、お母さん、お父さんが、一日も早くよくなられるよう、真剣に祈っていきます。
人間、だれもが病気になる。その中から、どう深い信心によって、一段と大きな境涯を開いていけるか。これが大事だ。
病気と闘ったことのない人には味わうことのできない、深い深い幸福、永遠の次元の健康の喜びを味わうことができるようになる。そのための信仰である。
何があっても、最後は必ず良い方向に進んでいけるのが、信心である。
どうか、お元気で!
そして親孝行をしてあげていただきたい。

●最高の宝
一、創価学会が目指すものは、権力よりも強く深い。平和と幸福を築く「仏法」の流布である。国法とか世間的権威とは、全く次元の違う、生命の法則である。
その仏法を、私は戸田先生から教わった。
「当体義抄」という難しい御書を、先生から直々に教わったのも、私である。
師の薫陶は、毎朝少しずつ、日曜日にも及んだ。
先生が質問を出され、私が答える。そういうこともあった。
御書の講義を終え、先生は私に証書をくださった。”君は確かに戸田から講義を受けた”という証しである。
ささやかな証書であった。それを私は最高の宝とした。これが最高峰の知性の象徴になっていくと信じた。戸田先生も、そう確信しておられたにちがいない。
仏法は不可思議の法である。今、現実に、世界から英知の栄冠をお受けしている(大拍手)。
一方、広布の栄誉を見下した人間は皆、哀れな人生をたどっている。
「心こそ大切」(御書1192ページ)なのである。
世間の評判は、重大なように見えても、人間がつくったものだ。
妙法は宇宙の法則である。スケールが全然、違う。これが分かれば、仏の境涯が開ける。
しかし、簡単には分からないから、「信心」が大事になる。「信ずる」以外ない。
御書には「無疑曰信(むぎわっしん)」(725ページなど)、すなわち「疑い無きを信と曰う」との釈が引かれている。御本尊を疑うことなく、題目を唱え、広宣流布の実践を買いてこそ、永遠の幸福を築いていけるのである。

●全同志を代表して栄誉を拝受
一、私は、これまで世界の大学等から、240に迫る名誉学術称号をお受けしてきた。世界第一の「知性の栄誉」である。
さらに、決定通知をいただいている大学を含めると、名誉学術称号は、約260もの栄冠となる(大拍手)。
思えば、私が第3代会長の在任中に授与された名誉学術称号は、モスクワ大学の「名誉博士」一つであった。それ以外は、すべて会長辞任(1979年〈昭和54年〉4月)後に拝受した栄誉である。
会長を辞任した時、周りは敵ばかりであった。私に対してヤキモチを焼き、何とかして私を陥れよう、引きずり落とそうとする人間がいた。卑劣な策略が渦巻いていた。
己の野心や身勝手な欲望のために、師匠を裏切り、学会を裏切る人間も出た。
そうした中、私はただ一人、戸田先生の真実の弟子として「正義」を守り抜いた。日蓮大聖人の仰せのままに、立ち上がった。
私は世界を舞台にして、新たな平和への闘争を開始した。平和・文化・教育の人間主義の連帯を広げるために、一つ一つ、手を打っていった。
なすべき仕事を、地道になしていった。世界の知性は、それを、ちゃんと見てくださっていたのである。
また、これらの栄誉は各国で活躍し、見事な信頼を勝ち取っておられる全同志のおかげであり、すべて皆様を代表してお受けしたものである。
SGI(創価学会インタナショナル)の会長である私が、一国の最高学府から名誉学術称号を拝受すれば、その国の同志の大きな喜びとなる。誇りとなる。胸を張って、さらにSGIの活動に取り組んでいける。
すべてに大きな意味があることを、皆さんには知っておいていただきたい。

■ 一、戸田先生は言われた。
「戸田城聖は、どこまでいっても戸田城聖である。広宣流布の闘士である!
創価学会は、どこまでいっても創価学会である。師子の陣列である!
これを忘れるな!」
この決意で進もう!
「困難な環境が多ければ多いほど、心を鍛えてくれる材料が多いということである」──これはトルストイの最晩年の言葉である。
立場や肩書が偉くなっても、困難から逃げ、遊んでばかりの人間は、ひとつも偉くない。
インドの大詩人タゴールは、「騙慢なるもの永遠のものならずと知るべし」(鳩山芳郎訳「ナショナリズム」、『タゴール著作集第8巻』所収、第三文明社)と喝破した。
慢心を切るのは、「声」である。正義の声をあげるのだ。
18世紀フランスの思想家ヴォルテールは「精神に正義がなければ、何もありません」(高橋安光編訳『ヴォルテール書簡集 1704-1778』法政大学出版局)と綴った。
また、古代ギリシャの詩人ピンダロスの言葉には、「男どもの剛勇こそが、もっとも高い城壁としてそびえるのだ」(内田次信訳『祝勝歌集/断片選』京都大学学術出版会)とある。
「一人」立てば、その人が「城」になる。勇気ある青年こそ、正義の無敵の城である。
創価班、牙城会の皆の姿は、そのようになっている。諸君のいるところに、学会の偉大な強さがあり、人間革命の姿がある。

■ 一、師匠の恩を知る者は、必死になってその恩に報いるものだ。また、正法を求め、護り、わが身をなげうつ先人の説話は、御書のなかにも、数多い。
私は、戸田先生に対して恩を報じた。戸田先生も、牧口先生に恩を報じた。この報恩の心を忘れてしまえば、将来の学会は心配だ。
青年の育成に、これから、もう一度、力を入れていきたい。これが今の私の決心であり、心境である。頼むよ、青年部!
大事なのは青年です!
〈会場から「ハイ!」と力強い返事が〉
いざという時に、不惜身命で、師の恩に報いよ! これが大聖人の教えである。
このことを、青年部の諸君に、また、真実の学会の同志にこそ語っておきたいのだ。

●報恩を尽くし学会は大発展
一、牧口先生、戸田先生、そして私が、師への報恩を尽くしたゆえに、今日の大発展がある。
未来は弟子で決まる。金銭に左右される人間。人数の多さに傲る人間。位に惑わされる人間。そういう人間たちに、学会の清浄な世界をかき乱されては、絶対にならない。
何度も申し上げてきたことだが、戸田先生は、獄死された牧口先生とともに投獄された。
そして出獄後、牧口先生の大恩について、「あなたの慈悲の広大無辺は、わたくしを牢獄まで連れていってくださいました」とおっしゃったのである。
戸田先生が牧口先生から受け継いだ、この師弟の魂を、壊そうとする者がいた。戸田先生が学会の理事長を辞任せざるをえなくなった時のことである。
人の心というものは、移ろいやすい。
一人きりで、寂しそうな、お体の悪い先生であられた。
私は戸田先生に、先生が理事長を辞めたら、私の師匠も変わってしまうのかとお尋ねした。
先生は、「君の師匠は、この私だよ」と言ってくださった。
私は、あらゆる困難を打ち破った。一番大変な所で戦い、道を開いた。
先生は亡くなる前に言われた。
「よくやったな。大作は、よくやってくれたな。わが人生は、素晴らしい劇だったよ」と。 ゆえに私には、一片の後悔もない。

● 一、ここで御聖訓を拝したい。大聖人から大きな恩を受けながら、佐渡流罪の大難の時に退転した女性の弟子に、領家(りょうけ)(※巻末参照)の尼がいる。
彼女について大聖人は、「恩を知らない人間となって、後生に悪道に堕ちられることがかわいそうでならない」(御書895ページ、通解)と仰せになられた。
──どんな厳しい生命状態に陥ってしまうことか。かわいそうだ。だからこそ、指導して、なんとか助けてあげたいのだ──という心を込められた、有名な御文である。
私もまた同じ思いである。”恩知らず”が多くなれば、学会は危うい。

一、健気な信心を貫く弟子に対して大聖人は、「聖人」、また「賢人」等と呼ばれた。
“皆、自分と同じである。人として最高の存在である。だから、最高の名前を”──こういう思いでおられたのではないだろうか。
大聖人は、”学歴”があり、社会的地位が高い人を讃えたのではなかった。
信心の世界に、学歴など一切、関係ない。そうした差別は、絶対にあってはならない。御書を拝しても、”学歴を重視せよ”などということは、ひとつもおっしゃっていない。
末法の御本仏である大聖人から「聖人」と呼ばれたのは、まったく無名の母である。
ここが、重要なところなのだ。この一点がわからなくなつてしまうと、学会も破滅する。
私は、戸田先生という師匠と巡り合う幸運に恵まれ、この”根底”を知っている。だから学会を護り抜くことができた。
この心がわからない人間がリーダーとなって、わずかでも舵取りを間違えたならば、学会は、もはや発展できない。
学会は信心の団体であり、広宣流布の団体である。広宣流布ができる人、広布のために指導できる人が中心である。
佐渡流罪で多くの弟子が退転するなか、鎌倉から幼子とともに訪れた女性──大聖人は彼女の信心を讃えられ、「日妙聖人」と尊称を贈られた。
ひるがえって、わが創価の尊き婦人部こそ、蓮祖から「聖人」と讃えられるべき方々である。大聖人が仰せになったその通りの、最高に尊貴な方々なのだと、私は強く申し上げておきたい(大拍手)。

■ 一、さらに、御聖訓に仰せである。
「もし『恩』を知り、心ある人々であるならば、(大聖人が)2回、杖で打たれるならば、そのうち1回は代わって受けるべきではないだろうか」(御書1450ページ、通解)
有名な御文である。
日蓮大聖人は、苦しむ民衆を救うため、邪法との戦いに決然と立ち上がられた。
そして、その正義の行動ゆえに、讒言され、所を追われ、わが身に傷を負い、2度までも流罪に遭われた。
この恩を知り、仮にも仏道を求める、心ある人ならば、半分でも代わりに難を受けるべきではないか!──これがリーダーの立場にある者への御本仏の叫びであった。
しかし、現実は、代わりに難を受けるどころか、かえって大恩ある大聖人に怨をなしたのである。
一、次元は違うが、戦後、広宣流布に立ち上がった恩師の戸田先生を待ち受けていたのは、事業の挫折という、最大の苦境であった。
この絶体絶命のときに、だれが恩師を護ったのか。
臆病な弟子は、逃げ出した。年寄りの幹部の多くは、ずるくなり、要領を使うようになった。
当時、幹部は大勢いたが、戸田先生は、「青年しか信用できない」「第3代会長は、青年部に渡す」と明快に断言されたのである。
今も方程式は同じだ。
私も青年に託すしかない。どこまでも、師弟の心を護り、師弟の心を受け継ぎ、戦っていく人間をつくる以外、広宣流布の未来はないのである。
信じられるのは、君たち青年である。
「青年部、頼む!」と重ねて申し上げたい。

●怒りの叫びを!
一、戸田先生は、恩知らずの坊主や元幹部などには、本当に厳しかった。
「あんな下劣な連中に、崇高な学会を乱されてたまるものか!」と烈火のごとく叫ばれた。
この「正義の怒り」を幹部は持たねばならない。邪悪への「怒り」が大事なのだ。
大切な学会が、バカにされても、何も言えない。自分だけ、いい子になって黙っている。
そんな意気地なしの幹部では、会員がかわいそうだ。
沈黙は卑怯である。
最高幹部から「正義の叫び」を発していってもらいたいのだ。
一、権力を持って、人を操り、偉ぶっている人間が、どれほど偉いのか。仏法の永遠の次元から見れば、はかない塵のようなものである。
信心の世界は、崇高な人間の舞台である。
こちらのほうが何千倍も大事だ。人間の幸不幸を決める根本の戦いであるからだ。
一、戸田先生は厳しく指導された。
「仏意仏勅の学会を私利私欲のために利用したり、大恩ある学会を裏切ったりした者は、必ずや諸天から裁かれる」と。
さらに先生は、こうも言われた。
「私が気を許したら、悪い人間が、学会の中に入ってきてしまう。悪い人間を、絶対に学会に近づけるな」と。
悪い人間に気を許すな。近づけるな──それが先生の遺言であった。

■ 一、私は心に誓った。
「どんなことがあっても、先生に健康になっていただこう。そして絶対に、先生に学会の会長として指揮を執っていただくのだ」と。
そして、その通りの「勝利の歴史」を切り開いていった。
これが学会の師弟である。皆さんも、この師弟に続いてほしい。真実の師弟を知る青年部であってほしい。
青年部の時代である。君たち青年部が偉くなって、学会の全責任を担っていくのだ。
そのために、私は着々と手を打っている。
長時間、本当にありがとう! 海外の方々も、遠いところ、ありがとうございます。
いつまでも、お達者で! お幸せに! お元気で!
最後に、一緒にお題目を唱えよう。
〈ここで名誉会長を導師に唱題した〉
皆さん、大変にご苦労さまでした。またお会いしましょう。
お帰りになられましたら、皆様にくれぐれもよろしくお伝えください。
本当にありがとう!(大拍手)

※編集部として、名誉会長の了承のもと、時間の都合で省略された内容を加えて掲載しました。