投稿者:谷川ひろし   投稿日:2015年 5月25日(月)09時11分46秒     通報

副会長・浅見が、鳩山邦夫氏から皿の逸品を貰った。

当然のことながら本部職員であるのだから、
外部からの贈答品については報告書をつけ、本部に提出する義務がある。

ましてや贈り主は政治家である。
思惑なくして高価な焼き物を贈り得るはずはない。
真実を克明に報告するべきだろう。

ところが貪欲な我が副会長・浅見はどうしたであろうか。

なんと浅見は鳩山邦夫氏に、
「もう一つ同じ皿をもらえませんか。池田先生にお贈りすると喜ばれると思うのですが」と

おねだりし皿一枚を貰った側近が文京区のある組織幹部に話し、選挙での応援を頼んだそうだ。
聞いた幹部は恥ずかしさと怒りで自分の顔が熱くなったという。

たった皿一枚のことであるが、浅見の本質がよく出た事実である。
普通、本部職員であればどうするだろうか。
まず丁重に断り、厚意に対し御礼を相手方に申し述べることだろう。

どうしても先生に贈り物をしたいということであれば、
謹んでそれを受け、相手の方の意思を先生に伝えるべきであろう。

だが浅見は違った。まず自分の皿を貰い、その後同じような皿を先生用にとねだったのである。

浅見は自らの欲を満たし、その後、先生に「成果」として報告するために
鳩や山邦夫氏より皿をもう一枚貰ったほうが良いと小狡く考え、それを恥ずかしげもなく口に出し要請したのである。

恥知らずな副会長がいたものである。
このような渉外の在り方では創価学会が馬鹿にされ、先生すら社会から軽んぜられることになる。
打が浅見は、このようなあまりにも簡単な判断すらできないのである。

繰り返すようだが、自らの欲と先生にうまく取り入ろうとする不純な心が、そうさせるのである。

皿一枚にも貪欲であるこの副会長・浅見について、伊藤園の件で二千万円くすねなかったと弁護してもいる者は、
同程度に心が不純で事の本質が見えない者なのである。

それはすなわち信心に曇りが生じているからなのである。
師弟の在り方について道をえているからなのである。

「事勿れ主義」の者の目から見るなら、このような皿一枚のことはどうでもよい取るに足らないことなのであろうか。

筆者はそうは考えない。