投稿者:イササカ先生 投稿日:2015年 2月27日(金)10時28分46秒  

遠藤文書の中で、その不祥事を起こし解任された弓谷のことが「池田先生の弓谷に関する発言」として紹介されています。
それは「あいつ(弓谷)は将来、絶対に叛逆する。絶対に使うな」と池田先生が断じられたこと。そして驚くべきことに、池田先生が弓谷について
「あいつは将来、絶対に叛逆する。絶対に使うな」と厳命されているにもかかわらず、遠藤文書には「その弓谷が、大御本尊という学会にとって最重要の事項について、どういう資格、どういう立場で調査に当たったのでしょうか」と述べていることです。

この遠藤文書の提出先は、長谷川副理事長宛とあります。
原田会長も当然読んでいると思われます。
ここから読み解けることは、弓谷が、大御本尊という学会にとって最重要の事項について、「どういう資格、どういう立場で調査に当たった」と記載していることは、池田先生が「弓谷は将来、絶対に叛逆するから、絶対に使うな」との厳命を守らずに、原田会長・長谷川副理事長は「弓谷」を何らかのことに使っていると捉えることができます。

もしこれが事実なら、原田会長・長谷川副理事長は「池田先生を基準」にしていないということです。

池田先生の厳命を無視して「弓谷」を、いまだに本部関係各所で使っているなら、これこそ学会内における「分派活動」と言えるのではないでしょうか。
繰り返しになりますが、そもそも弓谷という人間は、「不祥事件・女性問題」で、全学会員の永遠の師匠である「池田先生」を苦しめた張本人です。

全職員が池田先生の指導を基準にし、忠実に守ろうとすれば、
弓谷という人間は、二度と会員の浄財で生活することなど、有り得ない話です。

この弓谷に関する記載一つを見ても、原田会長率いる現執行部こそが池田先生を排除し、学会を意のままに操ろうとする「分派活動者たち」であることは明白です。
昭和五十四年・第一次宗門問題(会長辞任)の時、
当時の執行部はこのまま池田先生の指導を基準にして戦えば、
宗門から創価学会は破門されると考え「学会組織」を守るために、池田先生を辞任に追い込み、池田先生を排除しました。

いわゆる「学会組織」を守るか、「池田先生」を守るかという選択に迫られた「弟子の敗北」の歴史です。