2014年11月19日 投稿者:信濃町の人びと 投稿日:2014年11月19日(水)13時41分54秒 通報 編集済 簡単且つ極端にまとめまて書きますが、これでよいでしょうか? 10月12日についての公式見解について 本懐の意味を変更したのは、 学会の存在意義と民衆による広布流布の歴史を踏まえてのものである。 つまりは、戒壇本尊は、後世の地涌の菩薩たちのため、また、広布流布の時のための旗印的なもの、エポックとして誰かが建立し護持をしてきたのだと。 真贋や真筆かどうかは問題ではなく、広布の教団として護持すべき本尊であり、本尊の雑乱を防ぎ旗印とした。そう定めた。 時を待つべき。秘すべし秘すべし。 また、広布の時に四菩薩が賢王となって出現し・・・ この通りに宗門は大御本尊を護持し、日寛上人が大御本尊の意義付けを正した。 やがて創価学会が出現して、日寛教学を継承し、三代会長により世界広布を現実のものとした。これにより日蓮大聖人の残した教えが証明された。 戒壇の大御本尊は民衆の為のものであり、広布の旗印であり、この写しの本尊を流布すること。また、その御本尊に収められた功徳を広く民衆に広めていくための書き写した本尊がある。 さらには、その本尊や日蓮が説いた思想や哲学を世界に広めていくことが世界の民衆に利益をもたらしていく。 創価学会は大聖人の教えに従い、広布の運動としてそれを行ってきたが、その意義が理解できない僧侶たちがいた。と。 Tweet