投稿者:河内平野  投稿日:2014年10月29日(水)09時40分37秒
チャップリンは偉大なヒューマニストであった。思想的な意味で《右》でも《左》でもなかった。
だからこそ、いつも両方からねらわれた。

マッカーシズムによる、いわゆる「赤狩り」(共産主義者追放)の餌食にされ、
アメリカ追放になったことは、先日(一月六日)もお話しした。

この時代を振り返るとき、今も人々は「あれはまさに《魔女狩り》でした」と苦しげに語る。

彼の皮肉は痛烈だった。
「いまは、生きていくにもなかなかの技術がいるよ。
左足から歩き出しても、あれは共産主義者だと言うんだからね」と。

あるときには「道路の左側を歩くやつは、みんな共産主義者だというのか?」とも、からかっている。

浅はかな人間ほど、自分勝手なレッテルを張りたがる。
それも、自分たちの精神年齢と同程度のレッテルしか持ち合わせがないので、張られたほうはたまらない。
また、そうした場合、隠された黒い意図があるのが、歴史の常である。

学会もこれまで、《右》とか《左》とか、さまざまに言われてきた。
もとより、何の定見も根拠もない、悪意による攻撃にすぎない。

《もう少し気のきいた建設的批判をしてほしいものだ。
喜んで、その人に感謝するのだが》と、情けない思いさえした。
チャップリンの気持ちは、よく理解できる。

【第十五回全国婦人部幹部会 平成三年一月二十三日(全集七十六巻)】