投稿者:河内平野  投稿日:2014年10月24日(金)09時21分55秒
宗教は本来、人に安心をあたえるものである。
そこへ行けば、ほっとする。楽しい。
希望がわく。心が明るく軽くなる。

これが、真の信仰の集いである。
それが「人間のための宗教」である。

反対に、人に気をつかわせ、神経をつかわせ、疲れに疲れさせるのは、その一点だけでも、正しい信仰の世界ではない。

《宗教のために人間がいる》のか。
《人間のために宗教がある》のか。
私どもは断じて「人間のため」が正しいと思う。

日蓮大聖人も、当時、人間を「宗教の道具」「宗教の奴隷」のように見くだし、
自分たちの権威のために利用するだけ利用しようとしていた悪侶たちと、厳然と戦われたのである。

きょうの夕刊に、ゴルバチョフ大統領の辞任声明のニュースが載っていた。
地元の「静岡新聞」には「民主改革の正しさ確信」と、大きく出ている。

冷戦を終らせ、形骸化し権威主義となった共産党を解体させ、世界の潮流をも大きく変えたゴルバチョフ氏の民主革命。
その足跡は、時代の大きな転換点として、世界史に刻まれた。

その最終的評価は歴史が決めることであるが、《人間原点》でなければ、
どんな思想も、どんな体制も、権力も支持されない、続かないことが、もはやだれの目にも明らかになった。

そして学会も、この一年、相次ぐ変化の波を堂々と乗り越えてきた。
この《民衆の勝利》の正義の軌跡は、時とともに輝きを増すと確信する。

文証、理証、現証に照らし、学会の行動の正しさは証明されている。
文証――御書のうえから、
理証――道理のうえから、
現証――事実の生活、行動のうえから、学会がいかに正しいか。

真実はあまりにも歴然としている。
《人間原点》への世界の潮流をたたえつつ、私どもは「学会の『宗教革命』の正しさ確信」と、声を大にして宣言したい。

【沼津文化会館を初訪問 平成三年十二月二十六日(全集七十九巻)】