投稿者:河内平野  投稿日:2014年10月11日(土)10時04分26秒    通報
それはそれとして、敦煌の仏教滅亡の最大の要因は何であったか――。
前述の教授は、仏教内部の「腐敗」と「堕落」であったと指摘しておられる。
――《内部から崩れた》と。

内側が腐敗してしまった。
堕落してしまった。
万有流転といおうか、《興亡》の歴史の方程式は、昔も、そして今も同じである。

当時の僧侶も、民衆を抑圧し、蔑視した。限りなく搾取した。
僧は《悪の代名詞》にさえ堕してしまっていた。
彼らは、貪欲に、名利の追求に狂奔した。
頭の中は《仏道》ではなく、《金儲け》のことばかりになってしまった。
「法の正邪」に対する厳しさは薄れ、都合のいいように書き換えられた偽の経典が流行した。

その経典にかこつけて、民衆をおどし、だまして、金品を巻き上げた。
「法」の純粋性を守り、後世に伝えゆく使命など、いつしか完全に放棄してしまった。
それが、僧侶の嘆かわしい実態であった。
許されざる「仏法利用」「信仰利用」である。

さらに、寺院への民衆の隷属を強いるため、「寺戸」と呼ばれる特殊な制度をも作る。
「寺戸」は寺の周囲に住まわされ、移転の自由も、地域住民との結婚の自由もない。
寺のために一生、強制労働に従事させられたといわれる。
しかも、年をとり、使いものにならなくなる(働けなくなる)と、他のアオシスに追い払われた。
役に立つうちは利用しつくし、用がすめば、とたんに切り捨てる――この無慈悲、残酷、非道。これが聖職者のすることであろうか。

【第十四回SGI総会、第七回中部総会、第四十七回本部幹部会 平成三年十月二十一日(全集七十九巻)】