投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2014年 9月 3日(水)08時38分50秒

 
ある会合とはS62年9月の神奈川文化総会です。
創価大学中央体育館で開催されたものです。
確認はしていませんが、文字化はされていないのでは。理由は簡単です。
この当時、このような内容の指導は公式非公式どちらでもあったのですが、文字化をすれば宗門や一部の公明党幹部の悪党たちが騒ぎだすからです。ようやく54年の勇退から先生の反転構攻勢が始まった時期ですよ。
後に先生はナチスと闘ったレジスタンスやフィヒテ、ペスタロッチを通して、悪とどう闘うかをその道を示されていたのです。
私はそう解釈します。

 

 

> 宿坊さんへのお返事です。
>
> 宿坊さま。
> あっています。
> 私はある会合で先生から会長勇退時の心境を直接お聴きしました。
> 先生が明確に語っていたのは、新しい学会をもう一度つくる。世界に向かって。私がもう一度指揮をとると。
> S62の会合です。1987年ですね。矢野も日顕もまだ明らかにはなっていない時期でした。
> 会長勇退時の心境を始めてみなさんにお話しします。と前置きされてのことでした。
> 悔しくて情けなくて眠れなかったこと。辞めるべきかを松下幸之助さんに相談されたこと。
> もう一度一から本物の弟子をつくると言われたこと。
> 獅子王のごとくの宣言でした。
>
> そして、日本にある根本的な悪の根源は、長いものに巻かれろ!寄らば大樹の陰に代表される精神風土にある。と喝破され、その根っこにあるものが念仏の害毒であり、私が闘っているのはこの悪しき日本の風習を断ち切ることにあると指導されたのです。
> そして、先生は驚くことを言われました。
>
> 今日本にある三大悪がある。
> それは、宗門、公明党、学会幹部だ。
> と明確に断言されました。
>
> まだ、これらの問題が表面化していなかったので私は大変に驚きました。
>
> そして先生はこの悪を必ず倒すと大宣言されたのです。
> 私は未だにこの先生の大獅子吼を忘れることはできません。
>
> そして、一つ一つが明確になってきたのです。
> 今宿坊様がまとめていただいた内容の通りで、いよいよ悪の根源と戦う時がきたと感じ入りこの板を利用させていただきました。
> ありがとうございます。
>
> > 管理人の宿坊です。
> >
> > どちらにも組しませんが、少しだけ記します。
> > 間違っていましたら訂正して下さい。
> >
> >
> > 先生が復活されたとき、明確に仰っています。
> > 昭和58年 インテレクト会にての発言。
> >
> > ○○と、悪い坊主をやつけるぞと宣言。
> > 外も当然だが、内部と戦うと宣言
> >
> > 五重相対の後に、6番目の相対を確立された1990年からの10年間、
> > 2001年を迎えるに当たって、2000年の暮れに宗門に対して大勝利宣言をした。
> >
> > 日顕宗門に対してのシアトル・芸者・遺骨、すべてに勝利宣言される。
> > 創価新報の特別企画室と言う部署も解散。
> >
> > 2000年以降は次の相対へ行くよと。
> > 2005年ごろ 先生はいよいよ内部に巣くう悪と戦うために、このように言われています。
> >
> > 宗門と学会の勝敗はついたと。その次に創価学会の中の悪と戦うよ!
> > 創価学会の善と悪の戦いになるよ!
> >
> > 戸田の命よりも大切な創価学会が、このまま行けば昭和54年当時破門されちゃうと!
> > そうなったら創価学会がつぶれちゃう、公明党も潰れてしまう。
> >
> > だからここは池田大作にストップをかけないといけない。
> > 安易に池田先生よりも創価学会を取ったのです。
> >
> >
> > どなたかのかき込みにもありましたがこれが7番目の相対です。
> >
> > そして最後の最大の敵に、私(池田先生)自ら戦ってもいいのだがと前置きし、
> > 最高幹部2名を呼ばれ悪との戦いを厳命された。
> >
> > 原島とか山崎はぬいていますが、おおむね合っていると思いますが如何でしょう!
> >
> >