2017年5月25日 投稿者:まなこ 投稿日:2017年 5月25日(木)19時18分40秒 通報 ◆ 2 文学とその役割 【池田】 文学の役割について考えるときに思い起こされるのは、かつてサルトルが「飢えた人々に対して文学は何ができるか」という問いを発したことです。それ以来、文学が現代においてどのような意味をもつかについて、さまざまな論議が交わされてきました。サルトルの見解をよしとした人々は、文学に対してニヒリストの立場に立っています。また、文学のもつ役割の有効性を信じる人々は、なんとか新しい分野を切り拓こうと苦闘しています。 【トインビー】 文学は飢えた人々に対して何ができるか、という疑問に対しては、科学的研究は飢えた人々に何ができるかと問い直してみれば、その答えが明らかになります。科学的研究が、飢えた人々に食を与えるのを故意にその目的としたり、その研究活動を、この望ましい現実的な目的の達成だけに限定してしまったならば、かえって、飢えた人々に対してさえもほとんど何もできなくなってしまうでしょう。そうしたことによって目隠しをされてしまうと、科学は役に立たないものになってしまいます。そのような限られた目的に縛られることによって、すでに科学は重要な新発見――それが有益なものであったにせよ、無益なものであったにせよ――を成し遂げるうえで、ハンディキャップを背負ってしまうからです。 科学的研究というものは、それ自体を目的として追求するとき、つまり、功利的な意図は一切もたずに、ただ知的好奇心の満足だけをめざすときに、初めて諸々の発見がなされるものです。社会的な動機もその他の思惑もない研究が生んだ諸発見のなかに、目論みもせず、期待もしなかったのに、驚いたことには社会的に有益な応用がきくとわかった発見が、いくつもあるのです。 この一見逆説的なことの真実性が、繰り返し証明され、納得されてきたからこそ、営利をめざす多くの私企業では、科学研究者に金を出して、どんな研究分野でも彼らの興味のおもむくまま自由に探究させれば、それで採算がとれるということに気づいたのです。これら私企業は、事業にとって明らかに利益となる特定の目的に彼らの研究を向けさせることは、むしろ避けたわけです。 こうした、科学に関する逆説的な真実は、そのまま文学にもあてはまります。たとえば十九世紀ロシアの文豪トルストイは、富裕特権少数者の良心を呼び覚ました点で、世界的な影響を与えています。つまり、その影響は彼ら少数者に、自分たちの特権をなげうってまでも社会を改革しようという気を起こさせたわけです。それはいろいろな形であらわれましたが、そのなかには、飢えた人々に食を与えるということも含まれていました。 トルストイの人生に対する姿勢は、その“宗教的回心”を境として、二つの明確に異なる段階に分かれますが、それぞれの段階における彼のそうした姿勢は、出版された各作品の性格にはっきりと反映されています。回心以前、トルストイは、たんに衝動のおもむくまま、自由奔放に著述をして、創造的な文学作品を生み出していました。しかし、回心以後は、彼は芸術のための芸術を追求するのは自己満足にすぎず、社会的にも無責任であると考えました。そして、芸術家はすべからくその天分を意図的に、人類の福祉増進に捧げなければならないという立場をとったのです。このため、回心後のトルストイの作品は、すべてこの限定された、功利的な目的にそったものとなっています。 ところが、彼の回心前の著作は、この社会的効果を意図的にねらった回心後の作品よりも、純粋な文学的価値という基準からみて優れているばかりでなく、社会的にもより大きな影響を与えています。回心前のトルストイの作品は、その文学的価値によって読者を感動させますから、読者はいきおい、作品に示唆されている方向への社会改革を啓発されます。ところが、それは必ずしも、トルストイが執筆にあたって意識的にめざしたことではありませんでした。 ソ連の共産主義政権は、回心後のトルストイの、文学の役割に関する見解を取り入れています。 ソビエト政府では、文学作品は社会福祉の向上のために利用すべきだという立場をとっているわけです。もっとも、社会福祉に関するソビエト政府の解釈は、トルストイの解釈に比べればはるかに狭義で、より多くの論争を呼ぶものです。つまり、ロシアの共産主義者たちにとって、社会福祉とは、共産主義思想の拡張とソビエト政府の権力拡大を意味しているのです。ただし、こうした相違はあっても、トルストイの見解とソピエト政府の見解を比較することの意義は、損われるものではありません。 ソビエト政府のこのような方針の結果、ロシア文学の文学的価値と、その社会的影響性とは、いずれも著しく低下してしまいました。共産主義政権下にあって、ロシアの作家たちのうち、党の方針に従った人々は不毛に終わってしまい、一方、創造的精神のおもむくまま自発的に著作をしてきた作家たちも、表立った弾圧はこうむらないまでも、意欲をそがれたり妨害されたりしてきたのです。 【池田】 たしかに、ある特定のイデオロギーのために文学を利用しようとすることは、正しい文学のあり方を歪めるばかりか、それが政治権力によって行なわれるならば、人間の基本的人権である表現の自由をも踏みにじることになります。 ソ連の実情がどうなっているのか、詳しいことはわかりませんが、たしかに博士のおっしゃるような言論弾圧がなかったとはいえないでしょう。ソルジェニーツィンの苦悩もおそらくそうしたところにあったのでしょう。 【トインビー】 一九一七年以前の帝政ロシアも、文学的表現の自由を嫌い、恐れていました。しかし皇帝の政権は、現在の共産政権ほど教条的ではなかったため、ロシアの作家たちに圧力を加えればへかえって政府にとってマイナスになることに気づいていました。つまり弾圧は作家たちの影響力を弱めるどころか、かえって強めることを知っていたのです。 文学は、作家がその創造的衝動を表現する自発性に比例して、実際的な効果を生むものだということが、近代ロシア史の教える教訓であると思われます。これは逆説のようですが、そう聞こえるだけにすぎません。なぜなら、創造的であるということは、人間の精神生活の源泉からインスピレーションを引き出すことを意味するからです。 【池田】 これは非常に有益な御指摘です。科学者と同様、文学者の場合も、自由な精神の発露が真に偉大な作品を生むのであって、もし社会的な目的によって文学が何らかの制約を受けるとしたら、そこからは真実の文学は生まれてこないでしょう。たとえ文学が、飢えたる人々に対して何もなしえなかったとしても、文学の目的が限定されたり、自由な創造性の芽が摘まれてしまうようなことがあってはなりません。ただいまあげられたような歴史上の教訓に照らしても、イデオロギーの桎梏に縛られた文学が、広く普遍的な共感を呼ぶことができないのは明らかです。革命後半世紀を経たソ連で、ドストエフスキーを超える世界的な文学作品がいまだに現われてこないのは、そのことをよく物語っているといえましょう。また、ヨーロッパにおいても、かつて精神的束縛の強かった時代には、幾多の文学者や芸術家が懊悩してきたのではないでしょうか。 Tweet