投稿者:まなこ 投稿日:2016年11月27日(日)11時24分32秒   通報

◆ 2 遺伝と環境について

【池田】 遺伝学には大別して二つの流れがあるといえましょう。一つはメンデル、モルガン等によって打ち立てられた純正遺伝学の流れ、もう一つはソ連のルイセンコ学説です。
いまさら申すまでもないことですが、確認のため、この二つの学説について簡単にふれながら話を進めたいと思います。まず、メンデルの流れを汲む学派は、基本的には、生物体自体の中に遺伝子を見いだし、遺伝現象の基盤を、親から子へと伝えられる遺伝的要素においています。遺伝子が細胞核の中にある染色体の中に一定の順序で配列され、それが一定のメカニズムのもとに遺伝していくことは、最近の生化学や分子生物学の進歩で証明されている通りだと思います。また、分子生物学は、遺伝子の本体をDNAであるとして、その複雑な構造もワトソン、クリック等によって解明されています。
一方、ルイセンコ等は、遺伝における環境の役割を重視し、「遺伝性とは、生体がその生活と発育のために一定の諸条件を要求し、それらの条件に一定の仕方で反応する性質である」という、新しい概念を打ち立てています。そしてさらに、遺伝性を生物体における物質代謝の様式として把握すべきであるとも主張しています。
メンデル学派が、遺伝を主として生物体の内的要因に求めたのに対し、ルイセンコ学説が、環境との関係から遺伝現象を考えようとした点は、十分に評価してよいと思います。しかし、この学説がマルクス主義のイデオロギーと結びつき、環境決定論に走るあまり、遺伝子そのものの存在を無視するに至った過程は、科学のあり方という面からいっても、非難されて当然であったと思われます。スターリン亡き後、ルイセンコが『プラウダ』紙上で「ルイセンコが指導する一団の科学者の独断は生物学の発展を妨げている」と非難されたのも当然といえましょう。
私は遺伝を考える場合、遺伝子の存在および役割も、環境からの働きかけも、ともに無視してはならないと考えています。

【トインビー】 おっしゃる通り、私も進化とか創造とかの本質――ないし、本質とまではいかないにせよ、せめてその働きのありさま――を説明しようとするなら、そのいかなる試みにおいても遺伝子と環境の両面が考慮されなければならないと考えます。進化、創造の二概念のうち、どちらが変化の真の実態をより明確に示し出しているように見えても、これは変わりありません。