投稿者:寝たきりオジサン 投稿日:2016年11月18日(金)19時20分0秒   通報
仕事を通し、顧客と接する中で一刻を争うような事態がよくあり、その度に、私は非常に我侭な
お題目を上げます。
「私の福運がどれだけ残っているかわかりませんが、この会社のために全部使ってください」と。
顧客の不安・苦しさは私自身の苦しさなのです。顧客が幸せにならなければ私の幸せはありえないからです。

自分のためには何も欲しいと思うものはなくなったのですが、「カーナビゲーション」は欲しいなぁと思ったことがあります。ところが、「カーナビ」どころか「アリスト」というトヨタの新車まるごと、
3人のお客さんから協同でいただきました。ナンバープレートは私の誕生日でした。
報酬の値上げの申し出をしていただいたのですが、私がそれを受け付けず、また以前事故をしたことがあり、顧客は私の体を頑丈な車で守りたいと思って下さったそうです。
他にブランド物のスーツ、バッグ、アクセサリーも願わずして手に入るようになりました。

入会前、私は20代の頃から日々の生活や老後の心配をしていましたが、今は根底が安心しきっているので、お金に対する不安がなくなりました。
また、入会前は守銭奴のようにお金に執着していましたが、お金に対する価値観が変わり、平成12年に1000万円、平成13年も、1000万円世界平和のために使いました。
以前お金がなくて、1円玉まで何度も何度も数えていた私が、最後の千円札を握り締めて泣いていた私がたった4年足らずの信心で、こんなに変わってしまったのです。
執着をするものによって、人間は苦しむものだと感じていましたが、広宣流布に執着をすると、こんなに自由自在になれるものかと驚きました。

それから私は、もっともっと、法的にもお客さんを守り抜きたい、たくさんの不幸な方たちが勇気と
希望を持てるようにお手伝いをしたいと決意し、行政書士試験に合格し、JR三宮駅の近くに事務所を
構えました。驚くほど安い家賃で事務所を借りて欲しいと「頼まれ」、又、敷金、及び連帯保証人も
不要でした。

しばらく経ち、この5月初めに、以前暮らしていた住居と事務所を一緒にするため、神戸でマンションを探しました。不動産業者に言わせれば、私の提示した条件は、不可能な条件だと笑われました。
しかし、「不可能を可能にするのがこの信心だ」と無理を承知で祈り、すべての条件が叶いマンションを借りることができました。
場所は関西国際文化センター、兵庫池田文化会館の真隣のマンションの10階です。兵庫県の中心地です。

私は神戸生まれで、いつかもう一度神戸で暮らしたい、神戸で自身の会社を持つということが子供の時からの夢でした。その忘れていた夢が、考えていた夢以上の価値ある形で実現したのです。
神戸を象徴する素晴らしい眺めで、「人生の希望」を語るのに、これ以上の場所はないと、いろいろな方がおっしゃいます。

しかし、この信心をしているからと言って、いいことばかりがあるわけではありません。
平成13年10月末、私は印鑑を偽造され、1億1200万円の負債を負わなければならない状況になりました。
ヤクザに脅迫され、生命に危険が迫る経験をしました。
私は法的手段という「策」には走らず、この信心で乗り越えようと決意しました。
創価学会に決して傷ひとつつけるわけにはいかない。
また、11月18日までに、鮮やかに勝ってやると決意しました。
不安が少しでも自身の中にあれば、もう、信心ではなく、不信なのです。
これから人生全ての戦いに負ける要因を作ってしまうのです。周囲は不可能だといいました。
しかし、「不可能を可能にする」信心なのです。決して、あきらめる必要のない仏法なのです。
このように頭ではわかっていても、また、いくら強がりを言ったところで、恐怖の連続でした。
1億1200万円の返済予定表を作ったりもしましたが、「不可能を可能にする信心をしているのに、私は何をやっているのだ」とビリビリと作った予定表を破り、大きな宿命転換のチャンスなんだと大喜びできるまでお題目を上げなければならない・・・と思いました。
しかし、不安で怖くてお題目をやめることができない。
大喜びなんてとんでもないことだ。なかなか、池田先生のおっしゃるように「感謝・感動がなければだめなんだ」というご指導通りに戦えない自分は、なんと弱いのだ。これでも、池田門下生なのか、弟子なのか、と思った瞬間、池田先生のご指導の、「人間の最大の敵は恐怖だ」という文字が目に飛び込んできました。

私の中で恐怖に苦しむ因がある。今まさにこの恐怖を叩き切るときがきたのだ。
これを乗り越えると私は二度とこのようなことで苦しまない。現状は何も変わっていないのに、感謝の
気持ちが出てきたのです。

私がこのヤクザたちの悪口を言わないので、周囲の人間は不審に思ったようです。
誰も山本を信用しなくなりましたが、じっと忍耐をし、債権者の連鎖倒産の回避、社員の方たちの生活の安定のために走り回り、睡眠は毎日30分、食事もとれず、体はボロボロになりました。
でも、こんな最悪の状況の中で、脱講と、折伏が実り、結果、11月17日、日本の法律では考えられない解決があり、かえってヤクザから筋の通った人間だとほめられ、苦笑してしまいましたが、
「池田先生、勝ちました!」と心の中で叫びました。

現代は悪いことがあって当たり前です。でも、この信心を貫けば何があっても朗らかにドラマに変えていく、強い自身に変わることができるのです。
本当に毎日毎日いろんなことがありますが、常に何事にも挑戦できる姿勢が崩れなくなり、生きていることそのものが楽しくなりました。一緒に喜んでくださる師匠と同志がいるだけで、本当に幸福なのです。

仕事、友の激励のため、毎日の睡眠時間は3時間程度しかありません。
しかし、励まされる立場から励まして勇気を持っていただこうと思える立場になったときから、
女子部なのか人間なのかと思うほど、頑丈な体になりました。

癌を患っているときは、母親をはじめ、真剣に私の体調を心配する友人は皆無に近い状態でした。
しかし、風邪もひかない今現在は、睡眠をとっていないことで、友人、母親は私の体調を気遣ってくれ、90歳近い錦宝会のおじいちゃんは、私の長寿を祈ってくれています。
本当にいろんな方たちから大切にされるようになりました。毎日がとても温かいです。

こんなちっぽけな私が関わって、ご本尊さまを受け、磐石な人生に向けて歩き出した友人も30人を
超えました。友人たちが人生の希望を語るようになり、顔つきまで明るく変わりました。
私の願いは、もっとたくさんの方に、池田先生がお元気なうちに、最高の人生の師匠を持つ喜びを
知っていただくこと、私以上に幸福になっていただくことです。
不幸な友人に出会うと、民衆を不幸にする極悪を決して許せないという怒りが込み上げます。
「生きていて最高に楽しかった」と思える人生を一人でも多くの方に送っていただくために、私は何だってしようと覚悟を決めています。

このような人生の上での戦いを池田先生にスピーチを通して教えていただきました。
私の原点となったスピーチには、ロングフェローの「人生讃歌」を引かれて、このように書かれています。

―――――――・・・・・―――――――

「この世の広い戦場で、/人生の野営地で、/黙って追い立てられていく家畜であるな!/断乎戦う勇士であれ!」。飼いならされて自由をなくした「家畜」になるな! 動物になるな! 負けるな、立ち上がれ! ――と。
「大いなる人々の生涯は教えてくれる、/われらも生涯を気高くなして、/この世を去る時、時間の砂浜に/足跡を残していけることを」。偉大な先人は教えてくれる。気高く生きられるのだ、偉大な人生の足跡を残していけるのだと。
広宣流布に生きる人は、「気高い」。目先のことばかり考えているのは卑しい。
諸君の人生は気高く、尊い。
「その足跡を、あわよくば、他の人が、/人生の厳粛な大海原に船進め/寄るべなく難破した同胞が、/目にとめて、勇気を奮い起こすこともあろう」。人生の航海に難破した人たちが、諸君の人生を見て、「よーし!」と勇気を奮い起こす――そのような人になれ。後に続く人たちに勇気を与えるような偉大な足跡を残しゆけ!
「されば、われら、奮起して励もう、/いかなる運命にも勇気をもって。/絶えず成し遂げ、絶えず追い求め、/刻苦してあとは待つことを学ぼう」

(1997.3.24 第3回全国男子部幹部会 第3回全国女子部幹部会でのスピーチ)

―――――――・・・・・―――――――

池田先生と共に民衆を不幸にする極悪と、勇気を持って気高く戦おう、出会った方、全てに希望を、
と本気で決意をした時、自然の慈悲を感じ始め、生きていることそのものにさえ、心からの感謝ができるようになり、経済、人間関係、とりわけ母親に目を見張るような大きな変化が起きました。

創価学会にはいったときに、私を勘当した母親は、子供の頃から「出来損ない、生むんじゃなかった」と私に言い続け、家族の中で孤立した状態で育ちました。
子供の頃からの友達は継母だと思っていたそうです。
その母親が「あなたを産んで本当に良かった。自慢の娘だ」「創価学会のご恩を忘れちゃだめよ」って言ったのです。耳を疑いましたが、母親の愛情を生まれて初めて感じました。

私は今、予算3億円で個人会館を建設する計画を立てています。
初めは、「高砂のタプローコート」でしたが、私が神戸に転居したため、「兵庫のタプローコート」と
地区の方たちが喜んで祈ってくれています。「タプローコート」とはイギリスの伝統ある美しいお城で
創価学会イギリス会館だそうです。
池田先生は「何もないところからさえも、無量無辺の価値を創造していける不可思議な希望の力が、
妙法であります」とおっしゃっています。
人生の師匠、池田先生の大きなご恩に報いるために、世界平和に役立つ人材育成のお手伝いがしたいのです。人材がたくさん、楽しく乱舞するお城を建てたいのです。誰もが勇気と情熱を奮い立たせることのできる拠点にしたのです。
私は入会前、非常に孤独でした。でも今は広宣流布の陣列に自分の居場所がきちんとある。
私はもう決して孤独ではないのです。

創価学会の正義は「悪」に負ける正義ではありません。
また、池田先生は、
「今は経済も大変だ。私は、だからこそ、今こそ、皆さんに『大功徳』を受けてもらいたい。
くめども尽きない『大福徳』を得てもらいたい」(法華経の智慧第6巻)
「社会が上り坂の時なら、だれでも、うまくいく。下り坂の時こそ、勝負です。その人の本当の信心が試される。あせることなく、忍耐強く、希望の突破口を開いてもらいたい」と、おっしゃっています。
仏界には不況はないのです。「だからこそ」「だからこそ」の戦いが必要だと思います。

池田先生と呼吸を合わせたい、広宣流布のお役に立ちたいと思うだけで、どんどん開けてきます。
自由自在に環境を変えて、駆け巡ることができます。私の全ては池田先生と共にどこまでも、広宣流布のためにありたいと決意した瞬間から、何ものも恐れなくなりました。また恐れる必要がないのです。

池田先生のお歌に、
「君もたて、我も征かなむ、師弟不二、広宣流布の、なんと尊き」とあるように、池田先生の胸中に
入れていただいている幸せ、池田先生と共に同じ道を見つめ、歩んでいく幸福をしっかり味わいながら、いろいろな戦いに勝利し、池田先生の正義、学会の正義、仏法の偉大さを証明してまいります。
以上。長い時間ありがとうございました。
2002.7.7 イタリア ローマ方面総会