2016年11月13日 投稿者:寝たきりオジサン 投稿日:2016年11月13日(日)18時30分37秒 通報 ” One World With Sensei” (アメリカ) 「WORLD TRIBUNE」紙から アメリカSGI デボラ・ディチェザレさん. 【幸福になれる力】 私は、ニューヨーク市に生まれました。父はアルコール依存症で、その悪い影響で、私は、内気で、怖がりで、自信のない性格に育ちました。 父が交通事故で働けなくなると、家族の面倒を見る責任が私の肩にかかってきました。 やがて、家も車も手放し、若い私が、借金返済のために働かなくてはなりませんでした。 けれども、私は、大学へ行くと決めていました。 フルタイムで働きながら、カレッジを卒業。大手レコード会社に勤め、管理職へと進み、高収入で、初めて、自分のことだけを考えればいい生活になったのです。 ところが、1984年ごろに始まった不況で、解雇。 自分の弱さ、不安がぶり返し、混乱、憔悴しました。仕事はなかなか見つからず、一時、ロサンゼルスへ。 そこで、仏法に出あったのです。 初めての座談会。そこで聞いた男性の体験は、私と同じ、アルコール依存症の親のもとに育ち、自分の価値や自信を見失ったけれども、この信仰によって生活を全面的に変えることができたというものでした。 心が動き、御本尊を受けました。 仕事のことを祈り、ニューヨークへ帰るとすぐに仕事が見つかり、ほっとしました。 それは期間限定の仕事だったので、その後、受付、訪問販売、時計会社のPRなど、織を転々としました。 そのころです、機関紙「ワールド・トリビューン」で、池田SGI会長の指導を読んだのは。 それは、〝あなたは、必ず幸福になれます。私は、あなたの幸福を祈っています〟という趣旨でした。 私は、思いました。「私の幸せを信じ、大切にしてくれるこの人とは、誰?」 私は、いつも生き残りをかけるような、苦しみの連続で生きてきました。 池田会長の言葉に出あうまでは、自分が幸せになれるなどと思ってもみなかったのです。 会長の指導を真剣に読みました。会長は、私たちには絶対に幸福になれる力があること、真剣な信行学でそれが可能なことを、繰り返し語り、激励しています。 もっと会長のことを知りたい、師弟の絆を深く理解したいとの思いで、唱題しました。日本での研修に参加したいとの思いも募りました。 ―私を変えた池田会長の伝言 【離日する日の朝】 80年代後半、SGI研修で日本へ。 師弟とは、単に師匠を称揚するという問題ではなく、 師の心、意思と一体となって努力することが重要だと学びました。 離日する日の朝のことです。猛烈な腹痛で急きょ入院。手術まで受けました。目覚めると、婦人部の方がベッドにじっと寄り添ってくれていました。感動しました。 池田会長の伝言を携えて来られたのです。 この試練を通じて私の深い宿業を転換できるとの、温かい励ましの伝言で、 さらに「心配ありません。後自身の人間革命の闘いの時です。御本尊を抱きしめて、一人立ち上がってください」とありました。 異国での私の苦しみを思いやる師の深い心遣いを感じ、勇気が湧きました。 どこにいようと、たとえ一人であろうと、勝ってください、と私に言われたのです。 私は、自立した信仰者として、強い女性になることを誓ったのでした。 帰国。弟子としての使命を実現したいと、心新たに祈りました。 私の使命とは、目標の追求ではなく、人間としての振る舞いの中にあるのだと自覚するようになりました。 どんな仕事でも、ベストを尽くそうと決意しました。 91年、祈った結果、アメリカ創価大学の旧ロサンゼルス・キャンパスでの地元広報の仕事に就くことができました。 大学を代表し、社会と関わって、大学の人間教育の理想を推進する仕事です。 それは、日常的な内気と自己否定という、自分の根深い消極性へのさらなる挑戦の場でもありました。 小説『人間革命』には 「私たちの置かれた立場や、合理的な考えに慣れてしまった頭脳では、不可能と思うでしょう。 しかし、無量の力を御本尊は秘めていることを、大聖人は明確に教えていらっしゃる。 これを信ずるか信じないかは、私たちの問題です」と、つづられています。 私はその言葉に励まされ、地元有力者との間に良好な関係を築き、信頼を得ながら、創立者・池田会長の理念、創価教育、仏法のヒューマニズムの紹介に努めました。 【確信は揺るがない】 この間、94年にアメリカ創価大学・大学院が開学しました。 その折、創立者の池田会長は、他者に貢献し、人々の幸福を実現する生き方にふれ、 「アメリカ創価大学の使命もまた、『貢献的生』を生きる世界市民を輩出することにある」と、メッセージを寄せられました。 これに触発された私は、自分自身の教育を続けよう、修士を目指そうと決意し、96年にこの学位を得ました。 さらに1年後、教育部門での博士号を目指すことを決意。 日蓮大聖人も池田会長も、女性の重要性を強調されていることから、政治における女性のリーダーシップに関する学位論文の執筆に取り組みました。 フルタイムで働き、責任ある立場で活動に関わりながらの通学です。 とても大変で、論文を仕上げるまでに数年かかりました。 博士号取得の最後の関門である、審議会での論文への口頭審査に臨みました。 「博士課程・教育学スクール」の学長も、審査官としてその場にいます。 彼は、私の論文をテーブルの向こうからこちらへ投げるようによこして、 「それで、これがどうしたの?」と言うのでした。 以前の私なら、もし権威ある立場の人にそんな態度を取られたら、不安で動転してしまったでしょう。 けれども、この時は、彼の行為に惑わされることなく、自信に満ちあふれていました。 落ち着いて、論文の根拠を説明しました。確信は揺るぎませんでした。 すると、学長の態度ががらりと変わり、私は見事に質疑応答をやりおおせたのです。 私は、何かが深いところで変わっていたことを感じました。 もう内気でも、怖がりでも、自信喪失でもなくなっていたのです。 仏法実践と師の思いに応えようとの不断の努力の結果、自分の可能性を信じる、強い、確信のある、幸せな人間に変わっていたのです。 2001年、教育学博士を取得して修了。しばらくして、学生2万人を擁するロサンゼルスのコミュニティー・カレッジの学務部長の職に就きました。 学生のための奨学基金を約1400万ドル確保したり、学生が大学や社会で成功するのに必要なスキル(技能)獲得の為のプログラムを開発したりしました。 教育を通じて人々の生活向上に貢献することに、大きな喜びを感じます。 子どもの頃につらい生活を経験した私が、尊厳と自信をもった女性となり、夫スティーヴ と一緒に幸せな家庭を築いています。 彼も、私たちの出会いから数年後にこの信仰を始めました。 彼には素敵な2人の成人した子がありました。 今、私には4人の孫がいます。 たくさんの困難に向かい合った人生でした。 私は、その全てに挑戦し、勝ったのです。 これからも、どんな障害に出あっても、確信、勇気、喜びをもって変革し、 〝 貢献的な人生 〟 を生きて行くために最善を尽くしていきます。 Tweet