2016年10月6日 投稿者:無冠 投稿日:2016年10月 6日(木)07時42分24秒 通報 全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。 2009-10-24 【新時代第33回本部幹部会 創立八十周年記念第1回全国青年部幹部会】 ■ 一、きょうはまず、海外から来られた皆さん方に、全員で大拍手を送りたい。 本当にご苦労さま! ありがとう! ありがとう!(大拍手) 特にアフリカから来られた皆さん、お会いできて、本当にうれしいです!(大拍手) 〈アフリカからの参加者が、壇上に招かれた〉 一、アフリカ大陸の東に浮かぶ島、マダガスカル共和国の英知の言葉に、「人と出会える一日は百日分の価値がある」とある(山口洋一著『マダガスカル』サイマル出版会)。 一人の友と会い、語り合うことが、どれほど価値あることか。 いわんや広宣流布のために、人と会う。友人に仏法を語り、励ましを贈っていく。その一日一日に、偉大な功徳が薫ることは、絶対に間違いない。 きょうは、このマダガスカルからも青年部の代表が参加している。本当に、ようこそ! 今回、参加できなかった同志の皆様に、どうか、くれぐれもよろしくお伝えください!(大拍手) ■ 今、学会創立八十周年に向けて、全国各地で、また世界各国で、新しい会館の建設、整備が進んでいることは、皆さんがご存じの通りだ。 学会の会館には、多くの会員の方が集ってこられる。さまざま大変な中、広宣流布ヘ一生懸命に戦ってくださっている尊き方々である。 こうした会員の皆様を一番、大事にする。学会は、この方針を永遠に貫いていかねばならない。最高幹部は、この精神を絶対に忘れてはならない。 民衆が「上」なのだ。リーダーは「下」で、皆を支えていくのである。 “いつも、本当にありがとうございます。遠くから、本当によく来てくださいました。 どうか、ゆっくりしていってください”──そう言って皆さんに心から感謝し、仕えていくのが、真実のリーダーの姿である。 そして「本当に来てよかった」と喜んでいただく。ほっとして、安心して、くつろいでいただく。それが学会の会館でなければならない。 多くの方々が勤行・唱題を行い、思う存分、行学を磨き、創価の師弟の精神を学んでいける。友人や家族の方々を呼んで、ゆったりと懇談できる。そうした施設を、さらに充実させる計画が各地で進んでいる。 ●堂々たる「文化の城」「平和の城」を 一、御書には「法妙なるが故に人貴し・人貴きが故に所尊し」(1578㌻)と記されている。 日蓮大聖人に連なり、妙法に生きゆく尊き同志が集う会館は、まさに広布の“法城”である。これほど尊い建物はない。 伝持の人を育て、拠点を盤石に築く。それは、法を永遠ならしめる聖業なのである。 すべて皆様のため、未来のための建設である。皆が胸を張って、前進できる。一切に勝利していける。そのための土台を、完璧につくりたい。 これが私の決心である。皆様へのご恩返しである。 友人が、学会の建物を見て、「ああ、学会ってすごいね! もっと早く信心すればよかった」(笑い)と目を見張る。「我らの会館を見よ!」と誇り高く叫んでいける。そういう立派な「文化の城」「平和の殿堂」を築くことが、民衆の時代を一段と開いていく。 これまで近くに会館がなくて、ご苦労やご不便をおかけした方々もいるかもしれない。 大変な中を、広布のため、地域のため、同志のために頑張ってこられた皆様のことを、私はよく存じ上げているつもりである。 しかし、広宣流布のために苦労した人は、必ず最後に勝つ。厳然たる功徳が現れる。これが仏法である。 そのことを、深く確信していただきたい(大拍手)。 一、十五年前の思い出であるが、私は英国のチャールズ皇太子の私邸に、お招きをいただいた。約1時間にわたる会見では、自ら建築学院を創立された皇太子と「建築」について語り合った。 皇太子は“精神を高揚させる建築”、そして“皆に喜びを贈る建築”を志向しておられた。 ともあれ、各地の会館をはじめとするわが創価学会の建築は、「21世紀の建築」「新しい一千年の建築」の理想を実現しゆく戦いである──。 それぐらいの自負と誇りを持って、堂々と進んでまいりたい(大拍手)。 ●大関西城を築け 一、戸田先生は言われた。──一千万人が信心する時代がきたら、それは日本の広宣流布の確立に通ずる──と。 先生は、その日が来るのを、本当に楽しみにされていた。 さらに先生は、「世界で信心している人が住む国が増えれば、それだけ一閻浮提の広宣流布が進む」と言われた。 今、世界192力国・地域にまで、妙法が弘まっている。恩師の大いなる願いを、我らは現実の上で開花させてきた。 またある時、戸田先生は「大阪の同志が信心に立ち上がれば、そして関西が発展すれば、日本中が発展する」と語られた。 私は、これもその通りに成し遂げてきた。 師の言葉を、まっすぐに受けとめ、祈り抜き、悩み抜き、あらゆる苦難を突き抜けて、師の夢を実現する。これほど崇高な人生の劇はない。皆さんもまた、同じ心で進んでいただきたい。 きょう私は、「関西よ、立ち上がれ!」とエールを送りたい。 日本一は当然のこと、“世界一の関西”になるのだ。 関西が、学会全体を背負って立つ。そのために戸田先生は、若き日の私を関西に行かせたのである。 そして関西は、広宣流布の拡大において、大人数の東京を圧倒する見事な結果を残したのである。 どうか、悔いなく戦ってほしい。頼むよ、関西!〈関西からの参加者が「ハイ!」と元気に返事を〉 青春時代、“関西が元気なら、学会は大丈夫だ”との思いで、私は関西の城を築き上げてきた。 関西と聞けば、あの“中之島の公会堂”で開かれた「大阪大会」を思い出す。青春の苦闘の歴史を刻んだ、懐かしい場所である。 理不尽な権力の横暴にも、わが愛する同志は一歩も退かず、真っ向から戦い抜いた。 関西よ、今再びの陣列を組もう! 大前進を開始しよう! そして、皆で一緒に“民衆勝利の大会”をにぎやかに開こう! 誰もが讃える「大関西城」を築こう!(大拍手) ●カメラを手に自然との対話 一、私は、恩師の心を胸に、新たな時代を切り開くため、方々《ほうぼう》の地へ行った。 行く先々で、自然の風景をカメラに収めてきたが、何も写真ばかり撮っているわけではない(笑い)。 写真といえば、いつも頑張ってくれている聖教新聞のカメラマンも、ありがとう! 広布の歴史を永遠に残しゆく尊い労作業である。活躍が光っている。ご苦労さま! 思えば、私が、折に触れて写真を撮るようになったのは、創価学会の会長になった後のことである。 過労から体調を崩した時、心配してくださったある知人の方から、健康のためにと、カメラをいただいた。 “たまには、写真機を持って、ちょっと奥さんを撮ってあげたり、景色を撮って、気分転換をしたほうがいいですよ”という真心が伝わってきた。 せっかくいただいたのだから、撮った写真をお贈りしなくては──それが“宿題”となって、心に残った。何事も、真面目に受け止めすぎるのも、損な場合がある(笑い)。 それで写真を撮るようになった。初めは、なかなか思うようにいかなかったが、時間を見つけて、ともかく撮影し、現像して、心からの御礼にと、お届けしたのである。 ある方が、私の撮った写真を、ほめてくださった。“どんどん、撮ってください”“世界的にも、写真芸術の先駆として、きっと大きな反応があるでしょう” そうした励ましの言葉の通り、ありがたいことに、今、各国で写真への評価をいただいている(大拍手)。 〈名誉会長撮影の写真作品は、「自然との対話」写真展などで紹介され、世界中で大きな反響を呼んでいる。 海外初の写真展は1988年、美術史家のルネ・ユイグ氏の強い要望により、パリのジャックマール・アンドレ美術館で開かれた。 名誉会長はフランスの「ヴァル・ド・ビエーブル写真クラブ」の「名誉写真芸術会員」に選ばれたほか、シンガポール、ネパールなど各国の写真家協会から終身名誉会員証等を贈られている〉 ●司会の第一声で勝負を決した 一、さらに明年は、「小樽問答」と、「札幌・夏の陣」の日本一の大拡大からも55周年となる。 「小樽問答」が行われたのは、昭和三十年(1955年)の三月十一日。学会と日蓮宗身延派の法論である。 その発端は、一人の婦人部の勇気ある行動であった。 本来ならば、日蓮正宗の僧侶たちが先頭を切って戦うべきであったが、彼らに戦う気概はなかった。私をはじめ学会青年部が、多忙な合間を縫って真剣に作戦を練り、法論に臨んだ。 いねば、「躍進している民衆宗教の勢力」と、「既成仏教の代表」が、公の場で対決することになったのである。 当時、私は青年部の室長。戸田先生の命を受け、学会側の司会を務めた。 そして、第一声から事実をもとに正邪を明らかにし、完璧に打ち破ったのである。 ■ 一、創立八十周年へ、歴史的な第1回の全国青年部幹部会、まことに、おめでとう!(大拍手) 日蓮大聖人は、若き南条時光に仰せになられた。 時光が数え年で二十一歳の時である。 「願くは我が弟子等《ら》・大願ををこせ」(御書1561㌻)と。 「我が弟子等」との呼びかけは、まさに、青年部への呼びかけである。 「大願」とは、広宣流布の実現である。 広宣流布とは、人類を幸福にし、世界を平和にする大偉業だ。 自分自身も最高に充実し、永遠に仏となれる。 父母への親孝行にもなり、一家眷属も皆、救っていける。ここにこそ、究極の正義と勝利の人生がある。 戸田先生はおっしゃった。 「どんなことも、遠慮なく祈るのだ。広宣流布への願いは、大きければ、大きいほどよい。行き詰まっても、そこから本当の力が出るのだ!」 さあ、わが愛する青年部よ! いよいよ、君たちの出番である。 明年のテーマは「創価完勝・青年躍進の年」と決まった。 今こそ、広宣流布の大願を起こしていこう。広宣流布という世界平和の大建設に、勇気をもって、皆で立ち上がろうではないか!(大拍手) 広宣流布の「道」はできた。「城」もできた。あとは、「人」である。 未来は、若き君たちにかかっている。 今、本気でやらなければ、後悔の人生となる。結局は、自分が損をするだけだ。 広布の労苦は、すべて、自分自身のためになる。 妙法に生き抜く人は、永遠の「福運」を積み、永遠の「宝」と「力」を持つことができるのである。 ゆえに、つらくとも、歯を食いしばって耐えるのだ。断じて戦うことだ。 青年の時代だ。青年部、頑張れ!(大拍手) ●忘れ得ぬ青春の闘争 一、私も青年時代、本当に悔いなく戦った。 戸田先生のもとでの訓練は、皆さんが想像もつかないほどの厳しさであった。 真夜中でも、かまわずに電話で呼び出される。そんな時は、決まって妻が、どこかでタクシーを拾ってきてくれた。 それに飛び乗って、隼のように戸田先生のご自宅に向かった。 二人きりの緊急の会議。先生の矢継ぎ早のご指示を、私が全部、メモに書き取っていく。終わると、もう明け方である。 「先生、ありがとうございました。おやすみなさい」と申し上げると、先生は「ご苦労さん」とニッコリとされた。 その慈顔が今も忘れられない。 私は体が弱かった。医者から「30歳までは生きられない」と言われた身であった。 その私が、今日まで元気に指揮を執ることができたのも、広宣流布の大師匠をお護りし、仏意仏勅の学会を護りに護った功徳にほかならない。 戸田先生の事業が挫折した時は、必死で働いて、借金を返済していった。 折伏が思うように進まない時も、先生に「大作、なんとかならないか」と言われ、猛然と立ち上がった。 そして、故郷《ふるさと》・大田で、大折伏戦の指揮を執り、拡大の突破口を開いたのである。 大聖人の弟子である四条金吾のごとく、先生をお護りした。先生にお仕えして、広布に戦い抜いた。 先生のご構想は、すべて実現してきた。 この師弟不二の闘争があったればこそ、現在の世界的な学会の基盤ができ上がったのである(大拍手)。 我々は、ちっぽけな日本など、悠々と見おろしていくのだ。 創価の舞台は、全世界である。 未来に大きく広がっている。 今こそ、青年が立ち上がる時だ。君たちに託すしかないのだ。 真実の人材が陸続と現れることを、私は祈り、待っている。 ●「日蓮と同じく」 一、今、各地で新しいリーダーが続々と誕生している。おめでとう! これまでのリーダーも、本当にご苦労さまです。 さらに御聖訓を拝したい。 「このような者(=日本第一の法華経の行者である日蓮大聖人)の弟子檀那となる人々は、宿縁が深いと思って、日蓮と同じく法華経を弘めるべきである」(同903㌻、通解) 大聖人の弟子であるならば、堂々と、胸を張って、大聖人の仰せの通りに進むのである。御書の通りにやれば、必ず折伏はできる。私は、そうしてきた。 創立八十周年の不思議なるこの時、戦う我らの宿縁は、あまりにも深い。そして、広布への責任を担い立つ使命は、あまりにも尊い。 新しいリーダーの紹介の意義を込め、聖教新聞紙上で、「創立80周年へ 私の決意」と題して連載することを、ここで提案したい。皆さん、楽しみにしていただきたい(大拍手)。 ●苦労した分だけすべて君の力に 一、私は、戸田先生の大事な言々句々を、すべて記録し、残してきた。 戦後の混乱の中、先生は、苦難と闘う同志を一人一人、奮い立たせていかれた。座談会について、先生は、こう言われた。 「座談会での指導は、激しい渦の中で一人、旗を持って立っているようなものだ。 強い強い生命力で、一人一人を励ましていくのだ」 座談会が、一番大事である。 多様な人々が集い、学び、語り合う座談会は「民主主義の縮図」なのである。 創立の父・牧口先生は、青年の登場を待ちこがれておられた。 「まだまだ青年が少ない。妙法流布を自覚した青年が増えていかなければ、広宣流布は成就できないのである」 牧口先生の時代は、青年が少なかった。学会員も少なく、建物もなかった。 しかし今は、青年が大勢いる。いよいよ、これからだ。 また、かつて青年だった皆さんもおられるが(笑い)、心まで老けてはいけない。たとえ、年をとっても、皆が青年らしく進めば、未来は盤石だ。 日本中、世界中に、青年リーダーが躍り出ているこの姿を、牧口先生は、どれほどお喜びであるか。 青年を増やすことが広宣流布である。 戸田先生も、青年に心からの期待を寄せられていた。 「まことの広宣流布の戦いは、青年がやるのだ。 師匠のあとを継いで広宣流布を成し遂げるのは、青年しかいない。 青年よ、立ち上がれ!」 青年部、頼むよ!〈「ハイ!」と元気な返事が〉 最後にもう一つ、戸田先生の言葉を贈り、スピーチを結びたい。 「青年は、困難から逃げてはいけない。 挑戦し、苦労して、結果を出した分、すべて君の力となるのだ」 一、ここで、皆で万歳をしよう! 一つは、皆さんのお父さん、お母さんのために。 一つは、創価学会のために。 そして、もう一つは、広宣流布のために。 〈正木理事長の音頭で、参加者が元気に万歳三唱した〉 では次に、皆で歌を歌おう! 何かいいだろうか? 〈海外の参加者から“大楠公”等の声が〉 オーケー! “大楠公”にしよう! 〈名誉会長の呼びかけに応え、インド創価学会のマニーシユ・カプール男子部長が壇上に。「上手かどうか、わかりませんが、精一杯、歌わせていただきます」と、“大楠公”の歌を日本語で熱唱。歌い終えた後、「必ず人生最後まで戦ってまいります!」と誓いを述べた〉 ありがとう! うまかった! すごい! 忘れないよ!(大拍手) 〈ここで名誉会長の導師で、全員で唱題した〉 長時間、ご苦労さまでした。 皆さんの大切なご家族の健康と長寿を御祈念しました。 また、海外の皆さんの帰りの飛行機が揺れずに、楽しく帰れるよう心から祈りました。 きょうは、ありがとう!(大拍手) Tweet