2016年5月22日 投稿者:末端婦人Z 投稿日:2016年 5月22日(日)23時31分34秒 通報 広布への行動はすがすがしい!! 一、弘安三年の12月16日、日蓮大聖人は、四条金吾の夫人・日限女に、こう延べられてい る。 「椎地=しいじの四郎がかたり申し候・御前の御法門の事うけ給わり候こそ・よに・すずしく 覚え候へ、此の御引出物に大事の法門一つかき付けてまいらせ候」(御書1195p) ___(あなた方の同志である)椎地四郎さんが報告してくれましたが、(夫の四条金吾殿が )主君の前で法門を論じたとうかがい、このうえなくすがすがしく思っております。そのごほう びとして大事な法門を一つ書き送りましょう__と。 大聖人は、金吾が主君の前で法門を語ったこと、すなわち折伏したことを、”すがすがい”と 大変にお喜びになっている。広宣流布への行動は、すがすがしい。 仏法の話を一言でも語ったあとは、心がさわやかになる。 反対に、自らの欲望のままに生きる人生はあまりにも虚しい。 悔いも残る。 孤独になっては「勢い」は出ない また大聖人は、門下の活躍をたたえ、”ごほうびを差し上げましょう”と。 御本仏の温かいぬくもりが伝わってくる____。 その他の御書を拝しても、大聖人は、門下のちょっとした報告をも、ひとつも見逃されない。すべてを 的確に把握し、すぐさま、激励の手を打たれている。 総じて、真の仏法の指導者は、社会・宇宙の回転を観じ、ギアをかみ合わせながら、緻密なコンピューター のごとく、”時”に応じ、”機”に応じた手を打っていく。 「一葉落ちて天下の秋を知る」といわれるが、大聖人は、この報告から、門下の「勢い」を感じたられたと 拝される。 金吾は主君の前で戦った。我が門下は臆病ではない。たとえ、いかなる法難が起ころうとも皆、立派に戦う であろう___と。戦いは勢いである。孤独になっては勢いは出ない。ますます心が沈んでしまう。 これまでも連携をとれない、また連絡をとらない人の多くは、退転し堕ちていった。 大変な時こそ、互いに声をかけあい、励まし、ほめたたえあう__そこに勢いが生まれる。愉快になる。 爽快になる。明朗になる。勝利へのリズムが、生まれる。 私も常に、このリズムをつくり、戦ってきた。 皆さまの「勝利の人生」も同様であっていただきたい(大拍手)。 Tweet