投稿者:無冠 投稿日:2016年 8月21日(日)00時19分55秒   通報
全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2007-9-9 【山梨最高協議会】

●「実力主義」の人材登用
 一、信玄は、実力主義で人材を登用した。適材適所で人を生かした。
 社会的地位や肩書などではなく、「行動」と「結果」を重視したのである。
 甲州武士の歴史物語に『甲陽軍鑑(こうようぐんかん)』がある。
 このなかに信玄の言葉として、忠義を尽くし功労を立てた武士には、立場や身分にかかわらず、その手柄に応じた恩賞を与えることが記されている。〈品第三十九〉
 さらに『甲陽軍鑑』に、信玄の戒めとして次のように綴られている。
 「ほんとうの手柄のないものは、そのためかならず軽薄をもって上辺(うわべ)をつくろい、お追従(ついしょう)などいってごまかそうとする。またほんとうの忠節や忠功の人をそねみ、悪口をいって、自分につごうのいい仲間だけをほめてしまう」(品第三十九。上野晴朗著『武田信玄』潮出版社から)
 どす黒い嫉妬は許さない。本当に戦っている人に最大に報いる。それが信玄の心であった。

 一、『甲陽軍鑑』のなかでも、国を滅ぼす武将についての指摘は重く、鋭い。〈以下、佐藤正英校訂/訳『甲陽軍鑑』ちくま学芸文庫を参照。品第十一~十四〉
 その一つ、「愚かな武将」は、「わがまま」で「自惚れ」。「家臣の誉めるままにいい気になって、自分がなすことのよしあしもわからなくなってしまう」
 また、「利口過ぎる武将」──すなわち、ずる賢い武将も、「すぐ天狗になるかと思うと、意気消沈しやすい」「口では立派そうなことをいっていても、心底は無慈悲である」。
 そして「臆病な武将」は「愚痴っぽく」「他人を猜(そね)み、こびへつらい」「ことをこねくりまわしすべてを遅怠させる」。
 さらに、「強過ぎる武将」は、「前もって考えず」、正しい「諌言」も聞かず、「気負ってばかり」で、ついには滅びると述べている。
 ともあれ、悪い人間がリーダーになれば、皆が苦しむ。よい人間がリーダーになれば、皆が力を発揮する。
 すべては「人」で決まるのである。

●民の生活を守れ
 一、信玄は中国古典の素養も深かったようだ。
 実弟・信繁によるとされる武田家の家訓にも、中国の古典の引用が多い。書経からは、次の言葉も引かれている。
「徳とは善政を施すことであり、為政とは民の生活を守ることである」(佐藤正英訳)
 また、信玄が制定した法律に「甲州法度之次第」がある。その中には、信玄自身が法度の趣旨に反したことがあれば、”貴賎を問わず陳状をもって申し立てよ”と明確に記されている。
 「民の芦」を「天の声」として重んじる。そうした理念がうかがえよう。

●「人は石垣」「人は城」
 一、武田信玄は、地域の経済を発展させ、人々の喜らしを安定させる指導者としても、類いまれな手腕を発揮した。
 甲府盆地は昔から水害が多かった。よく知られるように、信玄は大規模な治水に力を入れた。それにより、新田開発も進んでいった。
 「信玄堤」と呼ばれる堤防は、子々孫々に恩恵をもたらしたのである。
 どれだけの人が幸福になったのか。それが、地域の発展を示す、根本の指標といえよう。

 一、口先だけ、要領だけでは、皆の心はつかめない。人も育たない。
 未来の決勝点を目指して、粘り強い行動を重ねることだ。
 「人は石垣」「人は城」──何よりも、一人一人を大事にすることだ。皆を尊敬することである。傲慢に見下すことなど、あってはならない。それは権力の魔性の姿だ。
 友を守る。友に尽くし抜く。それを貫いてこそ、何があっても揺るがない、正義の「石垣」が築かれる。人材の「城」が、そびえ立つ。
 育て上げられたその人自身が、難攻不落の「城」となるのである。

●弟子を愛した師  師を守った弟子
 一、さて、戸田先生が亡くなられてから、明年で、ちょうど50年となる。
 ご逝去されたのは、昭和33年(1958年)の4月2日。その直前の3月に、ある幹部が戸田先生に質問をした。
 「これからの学会の前進のために大事なことは何でしょうか」
 戸田先生は、明快にご指導された。
 「第3代会長を、全魂込めて、皆で護ることだ。
 第3代会長を中心に、仲良く生き抜いていくことだ」
 戸田先生は、弟子を何よりも大切にしてくださった。
 何がどうなろうと君さえ健在ならば、学会の未来は安心だ。君が大事なのだと言って、私を、心を尽くして育ててくださった。
 そして私は、戸田先生を、命をかけてお守りした。戸田先生のため、あらゆる戦いを勝った。
 戸田先生は、広宣流布の大指導者であられる。ゆえに、その戸田先生に、私は命を捧げた。
 私は、ただ師匠のために戦った。
 師匠に直結しない戦いは、いかなる戦いも意味がない。そう、私は決めていた。
 全部、戸田先生の言われる通りに戦ってきた。
 これが師弟である。
 口先だけの生き方は、結局は不幸である。嫉妬や偏見は、何の得にもならない。自分も、子孫も、損をするだけだ。
 山梨の皆様には、本物の師弟直結の人材城を築いてもらいたい。
 皆様はどうか、私とともに、真実の師弟の道を歩み抜いていただきたい。そして、勝ち抜いていただきたい。
 師弟の精神が盤石であれば、それが土台となり、因となって、「大山梨」を築くことができる。

■ 一、私が創価学会の第3代会長となった昭和35年(1960年)の秋、11月。
 アメリカのケネディ大統領誕生の知らせを、山梨の地で聞いた。
 彗星のごとく、さっそうと現れた、若き英邁なリーダーであった。
 私には、ケネディ大統領と会見する予定もあった。
 残念ながら実現しなかったが、後に、大統領の心を携えて、弟のエドワード・ケネディ上院議員が、わざわざ聖教新聞社へ来訪してくださった。
 わが忘れ得ぬ歴史である。(昭和53年(1978年)1月12日)
 ケネディ大統領は、こう凛然と語っている。
 「われわれは、ひとりよがりや、尻ごみや、とまどったりしてはいられない。
 現在は、勇気と行動のときなのである。強い指導者に出てもらわなければならぬ時代である。
 新しい開拓線を恐れない指導者、事実を恐れない指導者、また、われわれの夢を現実化することのできる指導者を求めているのである」(古幡公靖著『ケネディ語録』しなの出版)
 現在も大きな転換期である。
 地球一体化のなかで、平和へのうねりを一段と高めていかねばならない。
 勇気と情熱と行動力のある指導者、民衆の期待に応える強い指導者が、今ほど、求められている時はない。
 ケネディ大統領は、こうも述べている。
 「指導力の唯一の有効なテストは、先に立つ能力、それも旺盛な気迫をもって先導する能力である」(ウェスレイ=ピーターセン編『ケネディの遺産』講談社)
 民衆のために先頭に立って戦う。それが指導者の当然の責務だ。
 そもそも、民主主義の社会である。民衆が支持するから、指導者がいるのだ。
 その原点を、指導者が忘れて、私利私欲のために立場を悪用する。そんな人間がいたら、民衆の手で叩き出すのだ。遠慮などいらない。断じて許してはならない。

■ 一、きょうという日は、二度と来ない。
 人生、「時」を逃してはならない。
 とくに青年は、立つべき時に、断じて立つのだ。
 戸田先生は言われた。
 「『百千万の福徳』を得るのだ。『百千万の福徳』を出すのだ。そのために、広宣流布をするのである。
 広布の陣列に馳せ参じなさい。折伏に、勇んで馳せ参じなさい。そうしないと、自分が損をするよ」
 全人類の宿命を変えゆく根本の道。
 それは、広宣流布しかない。
 信心とは、無限の智慧だ。何ものをも恐れない勇気だ。
 その力を、わが生命にみなぎらせるのだ。
 自分も、友も、一緒に、悔いなき勝利の人生を、生きて生きて生き抜いていくのだ。
 広宣流布の同志に、三世永遠の大福徳が輝きわたることは、絶対に、まちがいない。

●喜んでもらうために会う
 一、リーダーが友のところへ会いに行く。それは、「喜んでもらう」ためである。
 何かを押しつけて、嫌な思いをさせるのは、愚かなリーダーだ。
 我らには、大いなる夢がある。その実現へ、皆が「喜んで、やろう!」と奮い立つ。それでこそ、名リーダーである。
 久しぶりに会う友も、いるだろう。大事なのは、「喜んでもらうこと」。そのために心を尽くすのだ。
 私も、いつも、そうしてきた。
 喜んで題目!
 喜んで行動!
 そして喜んで、ともに勝利の万歳をしていきたい。
 苦難をも喜びに変える。これが仏法である。
 日蓮大聖人は仰せである。
 「大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし」(御書1448ページ)
 何があろうと「すべてが喜び」──これが仏法の根幹である。
 そうではなく、「すべてが地獄」なら、これほどの不幸はない。それは邪教である。
 ただ、奥さんに叱られた時──これだけは、ご主人は、喜べない。素直に反省して謝ることだ(笑い、大拍手)。
 私たちが日々読誦している法華経の方便品には「悦可衆心(えっかしゅうしん)」と説かれている。
 人々を喜ばせ、皆で楽しく進んでいくのが、リーダーの使命である。
 戸田先生は言われた。
 「いつ見ても、広布の闘争が嬉しくて嬉しくて仕方がない。そこにこそ本当の生きがいを感じている。そういう幹部になりなさい」
 リーダーは、ツンとした、威張った顔をしていてはいけない。
 戸田先生が、「威張るために行く幹部もいる。しかし、大作は皆が喜んでくれるために行く」と言われたこともあった。
 ともあれ、リーダーで決まる。
 リーダーが喜び勇んで前進してこそ、同志も皆、楽しく、充実して、生き生きと戦えるのである。

●大目的観を持て
 一、戸田先生は、折々に、こう教えてくださった。
 「人生の本当の偉さというものは、どこにあるのか。
 それは一つは、若い時に決めた希望、信念というものを、一生涯貫いていく。もう一つは、一生涯、若々しい情熱を持ちきっていけるかどうかである」
 「年齢には三つある。肉体的な年齢、精神的な年齢、生まれてから数えている年齢である。
 たとえ肉体は老いても、生命力は強く、若々しくなければ駄目だ」
 満々たる勇気と情熱を燃やして、わが信念の道を、生涯、「青年の心」で歩み抜くことだ。
 先生は、こうも語られた。
 「信心の深さが変わらなければ、生活は変わらない。信心が深ければ、生活は一変する。運命の転換ができるのである」
 ”信心の深さ”が、”人生の深さ””人間の深さ”を決める。一切は、一念で決まるのだ。
 「人生に悩みというものがなかったら、人生ではない。その悩みが悩みでなくなってくるところが、菩提である」
 悩みや迷いや苦しみは、だれでも、あるものだ。それを「煩悩即菩提」とし、「変毒為薬」していく。これが妙法の醍醐味ではないか。
 さらに先生は叫ばれた。
 「大目的観を持て!人生最高の大目的観を持て! そうすれば、生も喜びであり、また死も喜びである」
 広宣流布の大目的に生き抜く人生は「生も歓喜」「死も歓喜」の大境涯を開いていくのである。

■ 御書を拝せば、聡明になる。心が美しくなる。立派な一家になる。
 題目をあげれば、福智をちりばめた星のように輝く。
 最後は必ず勝利する。
 信心を貫いている人、御書を心肝に染めている人には、だれもかなわない。地域でも、光る存在となっていく。
 このことは、私の体験の上からも、確信をもって言えることだ。

■ 結びに、戸田先生の指導を贈りたい。
 「法華経に説かれる『末曾暫廃(みぞうざんぱい)(未だ曽(かつ)て暫くも廃せず)』とは、常に勇気凛々と戦うということだ。常に『勇気』の二字で戦うことだ」
 お会いできなかった同志の方々にも、どうか、くれぐれもよろしくお伝えください。
 さあ進もう! 勇気凛々と!
 お元気で!(大拍手)