投稿者:大仏のグリグリのとこ 投稿日:2015年11月 1日(日)13時54分10秒   通報

御義口伝には「十喩とは十界なり」(七七三頁)とあります。

そもそも薬王品には、釈尊が宿王華菩薩に向かって、
法華経の功徳の偉大さを、十喩をもって説いていますが、

大聖人は、十喩とは、十界を表し、一念三千を明かし、
一念三千は抜苦与楽(苦しみを取り除き、楽しみを与える)であると解釈しました。

そして、「地獄」は地の下(五百由旬)といわれるように、②(山喩)の山の下に含まれるとし、
①(水喩)の川流・江河は「餓鬼・畜生」をおさめると説いています。

つまり、川は小川や渓流の水を絶えず呑み込み、飽きることを知らない。
この姿は、餓鬼界の境涯に通じその特徴を表しています。

また、高きより低きへ、地形にしたがって流れるものは、強きに従う畜生界を表します。

また「日月の下に修羅を収めたり」(同頁)と言われているのは、
阿修羅王は日月の光りを手でさえぎって日食や月食を起すとされているからです。

このように、薬王品の十喩の譬えは、法華経が第一であることを表していますが、

御義口伝の大聖人の立場で解釈すれば、
妙法に十界が具足していることを解き明かすために、十喩をあげたのです。

だから、十喩は一念三千の法門であり、
一念三千の当体である御本尊に題目を唱え抜いていけば、
必ず一切の苦悩から開放され変毒為薬できると説いているのです。

四悪趣(地獄・餓鬼・畜生・修羅)に毒され、そこに沈没している人生は苦悩でしかありません。

しかし、一人の生命の中に十界が備わっている以上、
妙法を唱え、天界から声聞・縁覚・菩薩、そして究極の仏界への生命変革は、

薬であり、楽しみが心の底から湧き上がり、ことごとく妙法の光明に照らされて、

抜苦与楽となる――大聖人は、南無妙法蓮華経には抜苦与楽の力があり、必ず幸福になっていくと教えているのです。